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日本の古きよき砂糖づくりを今に伝える「三谷製糖」

日本の古きよき砂糖づくりを今に伝える
「三谷製糖」

DATA
三谷製糖 羽根さぬき本舗
香川県東かがわ市馬宿156-8
http://www.wasanbon.com/

研究を重ねてうまれた製糖法

三谷製糖は、江戸時代の文化元年(1804年)の創業。以来、200年以上に渡って昔ながらの手づくりの製法で和三盆をつくる、数少ないお店のひとつだ。
讃岐で和三盆づくりが盛んになったのは、高松藩の5代藩主・松平頼恭のころ。領内に産物が少なく、年々藩が疲弊していくことを憂いた頼恭は、平賀源内に命じて砂糖づくりを研究させた。ところがサトウキビの栽培はできても、白い砂糖ができる製法はなかなか完成しなかった。平賀源内の後を継いでサトウキビ栽培に取り組んだ御典医(ごてんい:典薬寮に所属する医師のこと)・池田玄丈も志半ばで世を去り、結局その弟子の向山周慶が苦心の末に「雪のように白くて味もよい、舶来品よりもすぐれている」と評価された製糖法を編み出した。

産業として伝承するために

三谷製糖には、文化元年に藩に砂糖製法を願い出たときの古文書が残っており、そこにも「製法之儀者、周慶伝授請候様可仕候」(製法は向山周慶先生より、お教えいただくことにします)の一文があるという。こうした苦労を経て、精糖は江戸時代に東讃地方の花形産業として栄えたのである。
とはいえ、老舗の三谷製糖にも、輸入糖に押されて苦しい時期や、後継者がなくあわや店じまいになりかねない時期もあった。そんな折、全国の老舗和菓子店がこの伝統産業を守り発展させようと、「和三盆糖保存会」を結成。そんな支援を受けて、現当主の三谷昌司さんが8代目に就任した。

日本のよさを閉じ込める

三谷製糖では、重要有形民俗文化財にも指定されている製法器具を今でも用い、手作業が中心の昔ながらの製法を守り続けている。手間と熟練の技が必要で、時間のかかる製法だ。
しっとりとして後味がよく、上品な甘さを持った三谷製糖の和三盆は、伝統的な製法からしか作られない。まさに日本のよさをとじ込めたような砂糖である。

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