千年以上残るものを作る「陶芸家 和久井修」

千年以上残るものを作る
「陶芸家 和久井修」

米沢に復活した成島焼

全国、その土地土地でさまざまな焼物があるが、ここ長井市にも伝統のある焼き物がある。それが長井焼と成島焼だ。長井市の今泉には良質な陶土が出るといわれていた。それに注目した和久井利蔵さんが1937年に瓦などの製造を始めたのが最初。その後、初代の和久井富二夫さんが同じ地で窯を開き、釉薬を使わないで焼締めてもピンと張りのある表情を保つことができる今泉の土を活かした長井焼を始めた。
その富二夫さんに1965年、米沢藩の成島焼を復興させてほしいという依頼が舞い込んだ。相馬焼に学んだといわれるこの焼き物は長井焼とは対照的に、どっしりとした深い風合いが特徴だ。古い陶器を集め、独学で研究にのぞみ、10年の歳月をかけて復活させることとなった。ここ、長井にはその「長井焼」と「成島焼」のふたつの伝統陶器があるのだ。

“置いて”絵を描く

お話を伺った和久井修さんは、伝統の2種類の焼き物に加えて、自身の作品として磁器を得意としている陶芸家。まず目がいくのは流麗なフォルム。立ち姿が何ともいえずに、繊細で美しい。また、そこに描かれる紋様も美しさを引き立たせる。白い肌にスッと引かれた線が浮き出る。繊細であり、かつそのなかに動きのようなものが感じられ、その美しさに目が止まってしまう。
器に絵を描いた作品と言えるが、実はそれは正確ではない。もちろん最終的には絵となっているのだが、作業としては磁器に粘土を盛るように描くのだ。
器と同じ土に顔料を混ぜて色をつけ、それを器においていくのだ。焼成をするとその部分が盛り上がり、絵となる。粘土を盛るのだから、一気にスッとは書けない。何度も何度も土を置いていく。しかも焼き上げると土は収縮するので、できあがりから考えるとかなりの量の土を盛らないといけない。繊細かつ根気のいる作業だ。中田も筆で粘土をのせていく作業を体験させてもらうが、やはり出てきた言葉は「難しい…」だった。じっくりとどっしりと器に向き合わなくてはいけないのだ。それでできあがりがあの繊細な絵なのだから、やはり不思議だ。

陶器は千年以上残るからこそ

「陶器は脇役ではあるけれど、文化の中心とも言えると」と和久井さんは話す。たしかに、陶器は美術品としての価値もさることながら、茶碗や花瓶など日常雑器、道具として長い歴史を重ねてきた。
「ただ、道具としてのよさというのは、なかなか伝わりにくい時代になってきているかもしれない。そして伝統的な美というのはもっと伝わりにくい。でもあきらめないで、どうやってその大事な部分を理解してもらうかということをいつも考えて作っています」と和久井さんは話す。また、「陶器は千年も、その形を留めるものだと言われています。だからきちんと作品を“残していく”という気持ちと責任感は常に持っています」。そう最後に話をしてくれた。
長い歴史を紡いできた陶器。そのなかには、変わらないものと変わっていかなくてはいけないものがあるはずだ。道具としてのよさ。これも時代が要求する部分によって価値は変わってくるだろう。美にしてもそうだ。伝統的で普遍的な美と、その時代その時代に求められているものがある。
その両方を兼ね揃える作品、そして千年先の時代にも残る作品に挑み続けている。

ACCESS

陶芸家 和久井修
山形県長井市