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楢岡焼を作る「有限会社楢岡陶苑」

秋田に伝わる楢岡焼
「有限会社楢岡陶苑」

DATA
有限会社楢岡陶苑
秋田県大仙市南外字梨木田344-1
http://naraokayaki.jp/

秋田を代表する焼物

楢岡焼の起源は、いまから150年ほどさかのぼったときにある。近年の研究でさまざまな説が出ているが、1863年地元旧家の小松清治が相馬焼の陶工に作らせたのが始まりとする説が有力だ。現在秋田に残る焼物のなかで、もっとも長い歴史を誇る。全国でも珍しい釉薬の青が特徴だ。実は地元の土は、焼物としては扱いづらい土。しかし当時はいまのように、すぐに各地の土が手に入るわけではない。そこで改良を重ねた。それが功をそうしたと思ったところが不運にも交通網の発達により安価な陶器が時期だった。それにより、楢岡焼の窯元は減少してしまう。今回はそのなかでも古くからの楢岡焼を守る楢岡陶苑だ。

初めて登り窯の火入れを見る

これまでの旅のなかで、さまざまな窯元におじゃました。そのなかでいろいろな工程を見学したが、唯一見ることのできなかったのが、登り窯などで実際に薪を使った”焼成”だった。そもそも登り窯の火入れは多いところでも年に1、2回といったところ。だからタイミングが合わなかったのも無理はない。しかし今回は運よくその火入れの現場に立ち会えた。
取材当日は火入れの初日。登り窯は3日間火入れをするのが一般的だが、一番難しいのは初日だという。取材したのは焙りという作業。窯の温度を上げる作業だ。温度計などの機械は使うが、やはり肝心なのは過去のデータと経験による勘だという。温度の上がり具合を見ながら薪をくべていく。

偶然性が生む美

薪の投入を手伝わせてもらった。そこで改めて驚いたのが熱気。窯のなかを1200度まで上げるというのだから、当然といえば当然なのだが、想像と体感はまるで違う。窯の隅などの温度をあげようと思えばもちろんより窯に近づくことになる。それはもう筆舌に尽くしがたい熱気と対峙することになるのだ。体力勝負といった感じだった。
小松さんは「薪の炎の動きは調整できないので、思ったように仕上がるのは多くても6割」と話す。それでも登り窯で焼くわけは「その思いがけない炎だからこそ、おもいがけない個性や表情のある作品ができあがるから」だという。人間や機械でコントロールする部分はきっちりと仕上げる。そこから制御不可能な偶然性と融合することで美が生まれるのだ。

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