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花の見方を変えると、表情も変わる「いけばな龍生派 吉村華洲」

花の見方を変えると、表情も変わる
「いけばな龍生派 吉村華洲」

DATA
一般社団法人 龍生華道会
東京都新宿区市谷田町3-19 龍生会館
http://www.ryuseiha.net/

古典華と自由花

1886年に創流され、2011年で創流125周年を迎えたいけばなの流派のひとつである龍生派。
お話を伺った吉村華洲さんは龍生派の副家元を務める方。もともと建築家として歩んでいたが、もっと空間について学びたいと思い、華道を始めたのがはじまりだったという。そのため空間をとらえた作品の評価も非常に高い。
龍生派に伝わる古典華をいけるかたわら、形式が一切なくどんな表現でも可能な自由花もいける。自由花は、大きなインスタレーションも制作。素材も自由で造花を使ったこともあるそうだ。

「今回は中田さんに自由にいけばなをしていただこうと思っているんです」と吉村さんが言うと、「その自由っていうのがなかなか難しいんですよね」と中田は苦笑い。その苦闘の模様は最後に回すとして、まずは吉村さんが目の前でいけてくれた、かきつばたの話を。

四季で表現が違う

古典華の形式でいけてくれたかきつばた。流派によって違いはあるが、龍生派の古典華は先人たちが作った「取り決め」があり、それを逸脱することなく表現をするもの。例えば葉を二枚合わせたり、四季によって葉と花の位置が変わるのだ。

今回は夏の表現。花の位置が一番高く、まさに一番元気のいいときを表現している。ちなみに春は葉のほうが背が高く、これから伸びていく様を表現。秋や冬になれば、実をつけたり枯れたものを入れたりする。そこで中田が「四季によって表現が違うということは、いけばなは自然を器に再現しようという試みなんですか。それとも自然ではないものを表現するんですか」と質問する。
「それはすごくいい質問。表現としては自然描写だけが目的ではない。“実際にはこんな風には生えているわけないけれど表現したい”ということを表出するんです。けれども自然に生えているという事象も大事にする。今日のこれは、初夏に一株から生えている姿を表してみました。これを考えるのがまたおもしろいんです」

自由の難しさと楽しさ

「さあ、次は中田さんの番です」と声がかかる。いける素材は観葉植物でも人気の高い大きな葉のモンステラと紫のネギ科の花ギガンティウム。
まずは器選びから。自由花なので、形も色も好きな器を選んでいい。中田が選んだのは白い器だが、いくつも穴のあいた、少し変わった形のもの。「あれ、これじゃないほうがいいか…」と最初から弱気な中田。いざハサミとモンステラの葉を手にしてスタート。しかし一本目がどうしてもいけられない。
「モンステラの葉をこうして裏から見ると表情が違いますよね。横から見るとひらひらした部分が目立つ。こうしていろいろな表情を使うこともできるんですよ」と吉村さんからアドバイス。
中田がかなりの時間考えて、モンステラをいける。そしてギガンティウムの花を持ちまた考える。だんだんとその”自由”が楽しくなり、いろいろ試しながらついに完成。と思いきや、中田がモンステラをぐっと折り曲げる。そして花の下に入れ込み、お皿に乗ったお花のような見た目を作り出した。
「ちょっと苦しそうかな」と自身の作品を見て中田が言うと、「それも表現のひとつ。でも横から見てください。また違う表情がありますよね。そしてここにひとつ枝を入れたら空間が仕切れて…」と、自由だからこそ花開く会話がそこにはあった。

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