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喜びを生み出す書「書道家 金澤翔子」

喜びを生み出す書
「書道家 金澤翔子」

DATA
書道家 金澤泰子 金澤翔子
東京都大田区
http://www.k-shoko.org/

お友だちをつくるために

NHK大河ドラマ「平清盛」の題字を書いた書道家を知っているだろうか。金澤翔子さん、1985年生まれの女流書道家だ。翔子さんは生まれつきダウン症を発症していた。このため、書道家である母の泰子さんは、翔子さんにお友だちができたらいいなと思い書道教室を開いたのだという。翔子さんはこうして友達と泰子さんと一緒に書道を学び始めた。それが翔子さん5歳の時。以来、ずっと書を書き続けてきた。
初めて個展を開いたのは20歳の時。この個展で翔子さんの書は広く知られることになった。翔子さんの美しく力強い字は評判を呼び、テレビや新聞をはじめ様々なメディアに取り上げられるようになったのだ。

喜んでもらうことが、書く喜び

泰子さんによれば翔子さんは20歳の時の個展から大きな字を書き始めたという。さらに大勢の前で書をするパフォーマンスを始めたのもこのときだ。
「大勢いればいるほどうまく書けるみたいで。翔子の喜びは、周りの人たちに喜んでもらうことなんです。」このお話に、中田も質問をする。
「書道は集中力が必要ですよね。翔子さんは集中に入りやすい方ですか?」
「そうです。書く前に長い時間祈るんです。みんなが見る前で1分か2分。大勢の前だとさらに集中するようです」と泰子さんは言う。続けてこうも話してくれた。
「翔子はダウン症なので自分で字を選ぶことができない。それは本来書道家として決定的に足りない部分です。翔子は、理屈は理解していないんです。感覚的に見えているんじゃないかと思います。例えば私は大きな字を書いたことがない。教えてもいない。でも翔子はバランスをとって書いちゃう。書道はうまい人は大勢いる。多くの人は観念的になってしまい、感性で書ける人は少ないんです」

中田と翔子さんのコラボレーション

翔子さんに、目の前で「飛翔」という文字を書いてもらう。両手で持ったのは大きな筆。紙も一畳ぐらいあるのではないかと思えるほど大きな紙だ。筆を墨につけて、紙に落とす。力強く筆が動いていく。見事な飛翔が描かれる。
「はい。じゃあ、サッカー書いてください!」と翔子さんが中田に言う。「サッカーは無理だよ。しかもこんなの初めてだから難しいなあ」と言いながら筆を手にする中田。
こうして、翔子さん、泰子さん、スタッフもいっしょになって、
「バランスがちょっと悪い」、「何か寂しいね」、「うまいよね」、「よく言うよ!(笑)」、「難しいね…」、「難しくないよ」などと言いながら大きな紙に何枚も飛翔を書いた。
泰子さんはこんな話をしてくれた。「翔子が生まれたとき、知能がなくて歩けないと言われたんです。苦しんで泣きながら翔子を育ててしまった。それを後悔ました。だけど、書道をとおして多くの人に出会って、今はダウン症でよかったとさえ思える。翔子と外に出ることで、同じダウン症の子どもやお母さんにも夢を持ってもらえると思います。」

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