2008.09.16

人生…

つい先日、俺の仲の良いLondon在住の友達が亡くなった。交通事故だった・・・。彼と知り合ったのは、かれこれ5,6年前。イギリス人の彼は、とあるHotelのコンシェルジュとして働いていた。その頃、俺はLondonでの常宿が決まっておらず、Londonに行く度に、毎回Hotelを変えて、いろんなHotelを試していた。そんな折りに出会ったのが彼だった・・。俺は、いつも、新しいRestaurantやその予約、Shopの情報を貰ったりするのに、本当によくホテルのコンシェルジュを利用する。その彼に初めて会った時も、コンシェルジュとして働いていた彼に色々とお願い事をした。

 

コンシェルジュという職業ほど、その人間性が出る仕事もなかなか無いと俺は思う。相手の要望を注意深く聞き、そして相手の好みを上手く聞き出して、それに添った”答え”を出していかなければならない。もちろん、相手はその街の情報が分からないのだから、コンシェルジュに相談に来るわけで、その”答え”というのはコンシェルジュの腹具合でいかようにもなる。例えば、お客さんがレストラン情報を聞いてきたとする。それに対して、ただ単に街のガイドブックのような物を机から出して、この中からお好きなように・・と済ませてしまう事も出来る。または、心地よい会話の中から、その人の好みを聞き出し、具体的に名前を挙げて、さらに予約をしてあげることも出来る。俺がいろんなHotelを回る中で、この割合は半々と言ったところか。俺の友達の彼は、相手の要望をしっかりと聞き出し、それに添った最高の答えを出そうとする、そんな人間だった。

 

そんな彼は、年間、約150ものHotelに泊まる俺にとって最高のコンシェルジュの1人だった。相手の要望をしっかりと聞こうとするということは、すなわち相手を出来るだけ理解する、と言うことだと思う。理解するためにはもちろん話をしなければならない。そうして、コンシェルジュの対応が良いほど、お客はもちろん心を開いて素直に話をしていく。俺と彼もそうして自然と友達になっていった。その後、彼がいるからこそ、Londonに行く度にそのHotelに泊まることになり、自然とそこが俺の常宿になった。それから数年後、彼が転職で、Hotelを移動することになった。ホテル決定の大きなポイントは俺にとってはコンシェルジュなので、それにつれて、俺の常宿も変わっていった。その後、Hotelのコンシェルジュと滞在客という関係から、俺がLondonに行く度に、友人達を誘ってくれて一緒に食事に行ったり、mailを交換するようにもなった。

 

今から1ヶ月ほど前の7月末にもLondonを訪れる機会があり、彼や友達数人とともに夕食に出かけた。そして、夕食後、解散する前にみんなで写真を撮った。よもや、それが彼と撮る最後の写真になろうとは、夢にも思わなかった・・。そして約2週間ほど前、突然、共通の友達から至急連絡が欲しい、とmailがあった。すぐに電話をすると、その彼が交通事故で亡くなったと言われた・・。つい1ヶ月ほど前に一緒に食事をして、今でも鮮明に元気な姿を思い浮かばせる事が出来るのに、”亡くなった”と言われても、なかなか理解しがたかった。でも、それが現実だった。

 

人の”死”とは、ある日突然訪れるもの。俺はこの彼が亡くなる少し前から、最近よく考えていることがあった。それは、「長寿が正しく、短命は悪いことなのか」と いうこと。俺は決して、早く亡くなった方が良いと言っているわけではない。ただ、自分のやりたいこと、出来ることを100%やりながら30歳、40歳で亡くなってしまうのと、それを70%、80%に押さえながら80歳、90歳、100歳まで生きるのとでは、一体どちらが良いのか、ということ。う~ん、“どちらが良い”というのは語弊があるな。言うなれば、自分のやりたいことをやり続けた結果、短命に終わったとしても、それが悲しいのとなのか?ということだな。その人の死を悲しむのは周りの人間だ。言い換えれば、短命で亡くなってしまうことが、その人本人にとって本当に悲しいかどうか、というのは正直言って分からないところだと思う。繰り返すが、俺は決して命を粗末にした方が良いと言っているわけではない。ただ、一般的に常識といわれるもの、周りの人の意見や噂などに左右されて自分のやりたいことをセーブして行く人生がどんなに楽しいか、ということが非常に疑問に思う、ということが言いたかった・・。

 

俺は、失敗だらけでも自分に嘘をつかない、馬鹿正直な人生を送りたいと思う。さあそんな俺が次にどんな”馬鹿”をやるか楽しみにしていてください!!