2011.12.19
栃木日記 前編
栃木県。東京を車で出てから1時間半ほど北へ走る。車窓からは、まだ多少紅葉がかった山々を目にする事が出来て、嬉しくなった。
初日、まずはココファームワイナリーさんを訪問。
こちらは、1958年に当時中学校の特殊学級の教員だった川田昇さんとその教え子たちが、2年がかりで平均斜度38度の3ヘクタールにも及ぶ急斜面を開墾し、600本余りのぶどうの苗木を植えられたとの事。
このぶどう畑の世話をしているのは、隣接する知的障害者支援施設である「こころみ学園」の生徒たち。この急斜面での作業の大変さは想像に難くないのだけど、この仕事は園生にとっても良い訓練になっているらしい。
なんとなく概要を聞いていて、川田さんが作ったこの場所とその仕事を、素晴らしいなと思った。ただただ利益を追いかける事とは一線を画した、本当の意味で誰もが「仕事」と胸を張って呼べるものだなと、漠然と感じた。
こちらのワインを試飲したヒデさん。
「おぉ、質が高いですね…美味しいです。」
なかなか美味しいが出ない人なので、僕も買って試しに飲んでみたくなった。
この日はその後で日本最古の学校と言われている「足利学校」とホーロー製品の製造を行う野田琺瑯株式会社さんを訪問して終了。
2日目、まずは世界最長の並木と言われる日光杉並木へ。
ここ、約13,000本の杉の並木が全て合わせて約36kmもあるらしい…。ヒデさんとディレクターの大島は並木のスタート地点で車を降りて、僕は1kmほど先に車で先回りした。車を降りると、冷たい空気がカラダにしみ込んで来るのを感じた。朝の7時でほとんど車通りもなく、聞こえるのは寝起きとは思えない鳥達の澄んだ鳴き声だけ。寒さを忘れて、自分だけの別世界にいるような雰囲気を堪能する。杉の木に近づいてみると、その太さというか、強さに見え隠れする歴史の深さに圧倒されてしまった。これらの木が生きて来た長さからしたら、僕の存在などあまりに小さ過ぎるのだ。そんな事を考えていたら、遠くにヒデさんらの姿が。
今日も1日始まるなぁ…と現実に引き戻された。
それから次は東照宮へ。
外の気温は2℃…。以前一度だけ来た事があったのだけど、その時も冬場で、ものすごく寒かった。さすがここは有名観光地なのでその時は人で溢れていたのだけど、この日は早朝という事もあり、とても静かだった。
参拝をした後で、日光社寺文化財保存会さんが東照宮の修理をする作業も特別に見せて頂いた。
静かな現場で、文化財保存会と書かれたジャンパーを来た職人さん達が黙々と修理作業にいそしまれていた。こういう現場には、背筋がピンと張るような独特の雰囲気があるのだけど、個人的にはとても好きだ。
車の方に向かう途中、修学旅行と思しき高校生の集団とすれ違った。何人かがヒデさんに気付き、目を丸くし、口をあんぐり開けた状態で一時停止していたのだけど、僕も初めて熊本から東京に出て来て、原宿で小林亜星を見た時は興奮したな、と思い出し、その光景を微笑ましく感じた。
帰りにヒデさんが楽しみにしていた揚げゆばまんじゅうを食べる。後部座席から「うまい!」の声が。半分もらって食べてみると確かに美味…。広島の揚げもみじまんじゅうを思い出したのだけど、まんじゅうを揚げると、今の所ハズレがない気がした。
それから松井酒造店さんへ。
ヒデさんが利き酒をして頂いている時、外では急にあられが降り出した。
犬が仲良く2匹繋がれていたのだけど、あられに興奮したのか、キャンキャン言って騒ぎ始めた。窓の外に目をやると、もう、本当に楽しそうにじゃれ合っていて、それを見つめる僕に気付くと、2匹揃ってこっちに向かって吠え出した。自分も雪が降ると子供の頃は、兄と無邪気に遊んでいたなぁなどと全く関係のない事を回想したりした。
お昼に1998CAFE SHOZOで美味しいコーヒーとケーキを食べてから、僕らは大田原市の竹工芸家の藤沼昇さんを訪問。藤沼さんの雰囲気からは、「こだわり」というものを最初に感じた。
それはお話下さった内容、例えば「クラフトという言葉より、工芸という言葉をつかいたい。」などから溢れるほどに感じる事が出来たのだけど、見せて頂いた作品たちは、そのどの言葉よりも説得力のある物だった。
藤沼さんはもう36年間も竹と向き合ってこられたのだけど、ヒデさんの「どうして竹なんですか?」の問いに、こう答えられた。
「素材のシンプルさが、自分の感情表現と合ってるのかな。」
作品のほとんどがアメリカで販売されているという事なのだけど、竹の作品を観る目は欧米人の方が面白いという話も出る。
「欧米人に見せると大変です。コンセプトは?何でこれをやってるの?という感じで、細かい部分まで突っ込んできますから。」
後継者問題についても、36年前に藤沼さんがこの世界に入られた時、自分が最後だったらしく、「若い人に、もっとこの仕事は楽しいんだというのを見せないといけないですね。」との事。そして、一番印象に残った言葉がある。
「60才を過ぎて、今は自分がいかに納得する作品を残せるかを考えています。だから楽しいんですよ。」
藤沼さんに比べると僕はまだまだ若いけども、それでも、人生の残り時間を最近は意識し始めている。けど、残り時間が少なくなる事で、自分にとって本当に大切なものの輪郭がハッキリしてきた事を実感している。藤沼さんの今の作品作りは、時間とともにもっと藤沼さんらしいものになっていくのかもしれない。
この日最後は、同じ大田原市の竹工芸家の八木澤正さんを訪問。
八木澤正さんによると、この大田原市は栃木県における竹工芸の中心地であるらしい。工房にて幾つかの作品を見せてもらう。
どれもどこか暖かみを感じるのだけど、それはやはり竹特有のものだろうか。
八木澤さん曰く、「竹は大きい物も細い物も作れますし、可能性があると思うんです。」との事。あらゆる分野において可能性について考える事が好きなヒデさん。「アイデア次第ですよね。」と同調する。
一角に、竹で作られたソファを発見。部屋の電気を消すと、中の電気の灯りが縫い込まれた竹の隙間を通って神秘的な光りを放つ。ヒデさんが恐る恐る座ってみる。
「素材の程よい固さも逆に心地よくて、中の空洞が見えるからか、ふんわり浮いてるような感覚で、なんか不思議だね。」
との事で、なんとも気持ち良さそうだ。
八木澤さんにこのアイデアはどこから来たのかを訊ねると、意外な答えが…。
「元々は繭の形だったんです。展示会で子供達が座ったり乗ったりして遊んでたら、自然とソファの形になりました。」
子供は、すごい…。
栃木中編へ続く





