2010.09.22
岐阜日記 前編
北陸を出た僕らは岐阜県へ入った。この旅では奈良、滋賀に続いて3つ目の海のない県となる。
まずは中津川市の「木曽馬籠宿」へ。下入り口から上入り口までの全長600mあまりの坂道にある宿場なのだけど、今でも江戸時代のような雰囲気を残していた。
こういう古い街並や空気をヒデさんは好む。
昼に近づくにつれて徐々に観光客の方々も増え始めたのだけど、ヒデさんと僕らはお茶屋さんでお団子などを食べて存分に雰囲気を楽しむ事が出来た。
そこから次は三千櫻酒造さんへ。
その道中、山道を通っていると前方で何かが道を横切った。驚いてスピードを緩めて近づくと、数匹のサルがこちらを見ている。見ているというよりも、ものすごい形相で睨んでいた。その内の2匹ほどが、こちらを襲って来るような素振りを見せ、車を威嚇していた。
こうして近くで見てみると、サルはアニメで描かれているようなあんなカワイイものではない事がよくわかった。
酒造に到着して色々とお話を伺っていると、市の職員さんがやってきた。
「また熊が出たみたいですので、気をつけて下さいね。」
え、よく出るんですか?と訊くと、最近はよく出るとの事。
先ほどの、僕らよりも小さなサルが出て来た時も、車でなければかなり怖かったと思う。あの野生の動物の形相には、何か想像の及ばない強さが感じられたからだ。それがサルどころか熊なんて…「絶対にプーさんみたいにかわいくないだろな。」と心で思った。
そこから今度は瑞浪市にある中島醸造さんを訪問。ここで、全くお酒と関係ないのだけど面白い話を聞いた。
なんでも、こちらの地方には鰻屋さんが多いとの事なのだけど、それは一説として、この地方には多治見や瀬戸など、外気温プラス10℃の所で働く陶器屋さんが多い為、鰻を食べて体力をつける人が多いから、という事らしい。そんなその土地でしか聞けないような話をしながらも、利き酒の酒瓶がどんどんと並んでいった…。
それから次は多治見市にある「岐阜県現代陶芸美術館(セラミックパークMINO内)」へ移動。館長の榎本さんに説明を受けながら幾多もの作品が展示された館内を歩く。
ヒデさんが「山口の萩では三輪壽雪さんのとこにも伺ったんです。」という話をすると、さすがの榎本さんも驚いておられた。
この三輪さん、もう100才になられたのだけど、ヒデさんが「お会いしました」という話をして驚かれなかった人は皆無だ。それほどにすごい方らしい。にしても、ヒデさんが芸術の話で榎本館長と互角に渡り合っているのも妙な光景ではあった…。
2日目、まずは白扇酒造さんへ。
旅では初のみりんの蔵なのだけど、僕らが無知なのか、みりんがお酒の一種だと聞いて驚いた。ヒデさんも目を丸くしている。
こちらのみりんは「飲んでも美味しい」という事で有名なのだけど、確かに美味い。試飲したヒデさんによると、なんとも甘い風味がヨーロッパのお酒を連想させるとの事。なんでも原材料のもち米にあるでんぷんが、長期熟成期間中にブドウ糖などに分解される事によって甘くなるという。ヒデさんの好きな梅酒にしても、砂糖を一切使用していないとの事だけど、とても美味い甘みが出ていたらしい。
それから次は蔵元やまださんを訪問。
ここでは酒は燗で飲むか、冷やで飲むかという話に。ヒデさんは燗ではあまりお酒を飲まない。ただ、最近では、お店などで冷や酒を注文しても、冷蔵庫からパッと出してそのまま持って来る事が多いらしく、「本当は10℃から15℃くらいが一番美味しいんですけどね…」と少し残念がっていた。
次はこの日3件目となる、土岐市にある「マルホン製陶所」を訪問。
こちらはあの、誰でも見た事があると言っても過言ではない「すり鉢」を作っている所。全国のすり鉢シェアの7割近くを占めるらしい。
こちらでは加藤社長に色々なお話を伺ったのだけど、この方、なんとも独特のユーモアある雰囲気をお持ちで、一瞬、落語家の桂ざこばさんが重なって見えたほどだ。
興味深かったお話のひとつに、すり鉢といえば嫁入り道具だったというのがあった。多分、現在でも常識なのかもしれないけども、僕らは全く知らなかった。
昔は家で味噌をするのが普通であった為、お嫁さんに行く時には必ず持たされていたという。
ここではヒデさんも、すり鉢に釉薬を塗ったり、内側に櫛目を引く作業などを体験させて頂いた。
その次は関市へ移動。今年7月に人間国宝に認定された染織家 土屋順紀さんを訪ねた。
作品のひとつを見せて頂いたのだけど、触れずともわかるその織り目の繊細さとその色の鮮やかさに驚く。ヒデさんも、「へぇ…」と声に出しながら、何度も美しい色のグラデーションの上に手を滑らせていた。
土屋さんは言う。
「人間国宝に認定されて、皆さんが“大変なご苦労されましたね…”と言われるのですが、自分は全く苦労したという覚えはないんです。」
多分、土屋さんは本当に苦労をした、とは思われていないのだと思うのだけど、きっとそれは“苦労”という呼び方がいけないだけなのだろうと思う。
作られた作品たちからは、遥か遠い道のりを超えて来たような、そんなある種の深みに対して、尊敬の念を抱かずにはいられなかったのだから。
2日目最後の訪問先は、白木恒助商店さん。蔵を見せて頂いてる時の事、お酒を仕込んであるそれぞれのタンクにはどこもだいたい「平成〜年〜月」というような仕込んだ日付が書いてある事が多い。ただ、こちらはそれプラス、その年に起こった出来事までメモしてある。例えば平成9年の場合、「消費税3%→5%へ」だったり、「ポケモンブーム」という具合だ。まだメモ入れは途中との事で、全てのタンクにはそれらのメモはされていないとの事なのだけど、僕は取材そっちのけでそれらを読んで回っていた。
ここでは昭和40年から古酒を造られているらしく、古酒だけで110種類もあるらしい。そんな中、面白いものを見つけた。
「アイスクリームにかけるお酒」という古酒だ。実際にコンビニのバニラアイスにかけたものを食べてみるヒデさん。「あ、ウマい(笑)」と顔がニヤける。ヒデさんがこの顔をした時でハズレた事はこれまでにない。ヒデさん曰く、「コンビニのアイスがこれかけたら急にイタリアのジェラートになったよ(笑)」との事だったのだけど、全くその通りだったのだ。
岐阜中編へ続く








