2010.09.06

富山日記前編

こないだ北陸に来たばかりだと思っていたのに、もう北陸最後の県となってしまった…。富山だ。
地図で見るとこの県、北にはすぐに新潟がある。沖縄から始まったこの旅も、遠くまで来たなぁ…と実感する。

僕らの富山入りは、昼に金沢でヒデさんの仕事を終えた後だった。
もう既に夕刻だった事もあり、直接宿へ行く事に。

この宿「薪の音」は、本当に普通の民家の中にある。夜で暗かったからとは言え、すぐ脇を通っていたにもかかわらず、「いやいやここじゃないでしょう。」と1度通り過ぎてしまったほどだ。
近所を綺麗に一周してから、到着。中に入ると、何か暖かい雰囲気の、そんな所だった。

到着後、程なくして夕食。なんか、美味しい。ディレクターの大島もパクパクと食べている。
一通り前菜が終わり、肉が来る。ヒデさんはいつもこのタイミングで御飯を頼む。僕らも乗っかって頼む。
「米、うまいよね?」
ヒデさんが言う。確かに美味い。お米に限らず、最初の前菜からとても美味しかった。それもそのはず、なんとこちらの館主 山本さんがご自分でお米から野菜から育てているとの事なのだ。

食事を終えて少し休んだ僕ら。夜の10時半頃宿を出発。
目的地は八尾町、「おわら 風の盆」祭りだ。一般的にお祭りは23時頃までとされているが、実はそれ以降も夜通し続いているらしく、特にツウの方などは1時くらいから来ると言う。
僕らが到着したのも、深夜0時を回った頃だった。住人の方には夜通し続く騒ぎを好まない方もいるとの事なのだけど、誰も文句は言わないらしい。
何か、ブラジルのカーニバルと似ているなと感じる。

この八尾町、夜中に来たのがもったいないほどに情緒ある街並が続く。
ご案内頂いた方に話を聞くと、昔は夜中まで祭りはやっていなかったらしく、祭りが有名になってから、若い人たちが勝手に夜通し踊り始めたとの事だ。きっと、こうしてひとつの文化が新しく塗り替えられて行くのだろうな、と思った。
僕らはあるお店に通して頂き、そこで伝統的な踊りと三味線、胡弓(こきゅう)の演奏を披露して頂いた。特にこの胡弓の音色は、どこか懐かしくて、決して大袈裟でなく、目を閉じると時代をタイムスリップして僕らを遥か昔に連れて行ってくれるような、そんな気分にさせてくれたのだ。

 

 

2日目、祭りから宿に戻ったのが朝方3時頃だったのもあり、出発は8時頃とこの旅では久しぶりにゆっくりだった。
まずは清都酒造場さんを訪問。
酒造を訪問すると必ず利き酒をさせて頂くのだけど、カメラマンの高橋さんがいる時はヒデさんも特に嬉しそう。なぜなら高橋さんは大のお酒好き。
僕は運転があるので飲めないし、ディレクターの牧も大島も「酔えるならなんでもいいっす。」という具合なので、この旅のメンバーでは唯一ヒデさんときちんとしたお酒の知を分かち合える存在なのだ。
この日も高橋さん、お誕生日席で「ふむふむ」と頷きながら、ヒデさんと味について楽しそうに語っていた。

 

 

その後は「こだわりファーム 越さん」を続けて訪問。
越さん宅は元々兼業農家さん。ほんの数年前まで教職についておられたらしく、退職を機に本格的に農業に就かれたという。
現在はピロール農法という、ある土壌改良材を使って優れた微生物の働きを活発にし、高ミネラルの農作物を生産する方法を実践している。
このピロール資材以外にも、越さんは自家製の肥料も作っておられ、なるだけ化学肥料や農薬には頼らないようにしているらしい。
越さんの話の中で、「安全な食べ物」という言葉が何度も使われていたのを思い出す。

僕はこの旅で色々な農家さんを訪ねてきて、有機農業などをされている人たちを単純に「ある1つの農業の形」としてしか見ていなかった。
ただ、越さんの言う「安全」という言葉から、ふと、これまで訪ねて出合った有機農法や微生物農法、そしてこのピロール農法をやられている方たちの事を、先駆者だと思った。

実情として、安定した食の確保という絶対的な目標の為には農薬を使う事は必要だと思われるし、農薬は絶対悪ではないはずだ。実際に大半の人たちは農薬を使って育てた作物を毎日食べている。
ただ、この先駆者達がより良い理想を追求し続け、それによって技術が改良され、それが業界に浸透、普及する事によって、「食べ物」の安全度は少しずつかも知れないけど、確実に上がって行くのだろうと思う。
そしてそんな時代はそう遠くもないはずなのだ。

午後はYKK株式会社の黒部事業所へ。
YKKと言えば誰もが知る、あのファスナーだ。世界71カ国/地域にグループ会社114社を構え、世界半分のシェアを誇るという。
もうそれがどのくらいすごいのかわからないほどだけど、リーバイスをはじめとする米国3大ジーンズメーカーが100%同社のファスナーを使用している、というのが一番その規模を表しているかもしれない。
広大な敷地をマイクロバスで移動しながらご案内頂く。とにかく広い。
実際に色々なファスナーを見せて頂くのだけど、その種類にまた驚く。カーブしたもの、形状記憶のもの、NASAで使われているという水も空気も通さないもの…などなど。

いつも思う事なのだけど、当然のごとくこれほどの成功を収めている裏には、とてつもない研究熱心さや地道な努力というのが隠れていて、この旅ではそこを覗く事が出来るというのが僕の密かな楽しみになっている。
ただ、時にそのすごさと自分を重ねてしまい、1人で落ちてしまったりもするのだけど…。

広報の井深さんが「実はブラジルでコーヒーも作っているんです。」という話をされた時、とても心に残った事がある。
今では4万人近い従業員がいるこの会社も、創業時はたったの3人だったらしい。
創業者である吉田忠雄さんは、ずっと「衣・食・住」に関わる仕事がしたい、という夢があったらしく、ファスナー(衣)、アルミサッシ(住)、そしてコーヒー(食)でその夢を達成されたとの事。僕らはどうしてもその会社の大きさだったり、数字のようなものに目を奪われがちだけど、この訪問では何よりもその夢の話が一番心に残っている。

 

 

富山日記中篇へつづく

 

■Staff Profile
日本全国47都道府県の旅で、現場マネージャー兼、カメラマン兼、ドライバーを担当。
10代でサッカーをするために単身ブラジルへ渡った経歴の持ち主で、
ポルトガル語・英語・フランス語を話す。