2012.09.10

東京日記前編1

東京の旅。どうにも、「旅」という感じが出ないのだけど、いつものように、早朝から動き出す毎日が始まった。
東京は、これまでのようにまとめて数日間でまわらずに、ヒデさん、同行スタッフのスケジュールが合うタイミングで、何度かに分けて行われた。訪問先の数も、かかった日数も他のどの県とも比較にならないほど多かった。

4月中旬の、まだ肌寒さの残る曇りの日に東京の旅、第1弾は始まった。
ヒデさんを都心のホテルでピックアップしてから高速に乗り、西へと向かう。最初の行き先は西多摩郡桧原村。空いていた道を1時間と少し走って下道に降りる。どんどんと西の方へ、ほとんど信号もない道を進んで行く。熊本出身の僕からすると、とてもホッとするような、東京とは思えない景色に包まれて行く。
7時半に九頭龍神社に到着、都心よりも低い気温を感じつつ、正式参拝をお願いし、そのまますぐ近くにある九頭龍の滝へ。
道路から滝へと続く、細い道を下って行く。遠くからは優しい水の音が聞こえて来る。土や落ち葉や枯れ木を踏む音、自然と接する音がひんやりとした空気に心地良く響く。
「東京も探せば色んなとこがありそうだなー。」
とヒデさんが言う様に、そこは心洗われる素晴らしい場所だった。

それから野崎酒造を訪問し、この日最後は新宿へ移動。
蒔絵の人間国宝である、室瀬和美さんを訪問。
「私は“作る”という事と、“昔のものを直して次世代に持って行く”という事をやっています。」
そんな室瀬さんの話は新鮮で、面白い。例えば、「漆ひとつとっても、南は鮮やかで、北に行くに連れて渋いものになっていきます。」という話や、「日本の魅力は幅の広さ、単面的でない所だと思います。」という話など、改めて僕らの視点を広げてくれる。
そんな会話の中でヒデさんが、「そう言えば、こないだ沖縄の裏添市の美術館へ行った時にも漆の何か(展覧会)をやっていたんですよ。」というと、「あ、あそこはね、出来た当初から関わってるんですよ。よくあんな所まで足を運ばれましたね。」と室瀬さん。
こういう会話というのは、やはりネタを持っていないと当然出来ないのだけど、ヒデさんは実際に、それらのネタを自分の足で地道に稼いでいるのだ。
勿論彼だから出来る、という事もあるかも知れないのだけど、横で見ていて感じるのは、それにはかなりの労力を要する事も間違いないという事だ。

翌日、朝から青梅市にある武蔵御嶽神社へ。
ここ、僕は全く知らなかったのだけど、行ってみるとちょっとした旅行気分を味わえた。神社は御岳山の山頂にあるので、滝本駅に車を停めて、そこからはケーブルカーに乗って御岳山駅へ。

そこから徒歩25分くらいの所に神社はあるのだけど、この道中も、曇ってなければ…という絶景が楽しめたり、ちょっと変わった街並を見る事が出来て楽しかった。ただ…山頂を目指して歩くので、ものすごい坂道もあり…この旅も4年目だし、改めて年々老い行くカラダを実感させられてしまった。

呼吸ひとつ乱さずに歩くヒデさんの後ろでゼェゼェ言いながらやっとの事で神社に到着。空気も美味しく、思い切り伸びをしたくなるような場所。こういう時は寒さなどをあまり感じない。それだけ心で何か別のものを感じているのだと思う。都心から少し距離もあるし、時間もかかるけど、是非また来てみたいと思わされた。
あと、入り口の手水鉢に、なんと「犬用」のものがあって、どことなくほっこりした気分になった。

その後、小澤酒造さんを訪問し、この日も最後は都心に戻る。
文京区は千駄木に、鍛金の人間国宝である田口壽恒(としちか)さんを訪ねた。
田口さんは、銀製の食器などをつくる鎚起(ついき)職人のお父さんを幼い頃から手伝い、技術は自然に学ばれたとの事。この鍛金という技法は、金属を金鎚などで叩いて延ばしたり、絞り込みといって縮めたりして造形する技法。
一度ヒデさんも新潟の玉川堂にて、銅板を叩く経験をしているので、その難しさは身にしみて理解しているようだった。
「金鎚の打ち方ひとつ、叩いた時に出る音ひとつが違って来る。とても繊細さを必要とする技法ですよね。」とヒデさん。
1度田口さんにお手本を見せて頂く。叩く音に、全くブレがない。横で見ていると、とても地味な作業に見えるのだけど、この繰り返す金鎚の音の積み重ねが、あの美しい造形美を生み出すのだ。仕上がった作品を華麗な花畑とするならば、1回叩いて出るそれぞれの音は、美しい一輪の花と例えられるのでは、と思うと、とても華やかな仕事に違いない。
「ひとつ出来上がってしまうと、後から必ず、ああすれば良かった、こうすれば良かった、と思ってしまうんです。」と笑われる田口さん。
体験しながら「手が痛い…」と漏らすヒデさんの横で、「とにかく作品を残したいですね。それが自分の足跡ですから。」という田口さん。足跡、という言葉だけを聞けばそのまま流してしまいそうになったのだけど、メモをしながら、僕の心ではそれが、“人生”という言葉に置き換えられていた。


3日目、まずは刀鍛冶の吉原義人さんを訪問。吉原さんは、39才の時に刀鍛冶の最高位である「無鑑査」という位に登り詰めた方。
まず、「刀」とは、という話の時におっしゃったのは、「刀は侍の精神的支えであり、心の拠り所なんです。」という事。そう聞くと、なんとなくその刀ひとつひとつに、魂のようなものを感じる事が出来る。
何でも、刀は重要文化財として、一番数が残っているものらしいのだけど、対して西洋では単に武器としてしか見られていない為か、国宝にはないらしい。日本と外国での、物の見方の違いも面白い。
工房には若い職人さんの姿が。その内の1人の方が、近く、文化庁の刀鍛冶の試験を受けるとの事。受験には5年の修行が必要との事だけど、その職人さんはまだ幼さの残る、20代前半と思しき人だった。
ヒデさんが訊く。「弟子を取るのに、何か基準はあるんですか?」
少しだけ考えて、吉原さんが答える。
「熱心さがあるかどうかじゃないでしょうか。弟子はもうじゅうぶんいますから、だいたい断ります。けどそれでも、見学だけでも、と粘るのもいますよ。そういう所じゃないかと思います。」
そんな話を聞きながら、そのまだ若い職人さんの作業を見ていた。汗を拭いながら仕事に没頭する、その真っ直ぐな目がとても印象的だった。

この後江戸小紋の小宮康孝さん、康正さんを訪ね、この日は終了した。

東京日記前編2へつづく

 

■Staff Profile
日本全国47都道府県の旅で、現場マネージャー兼、カメラマン兼、ドライバーを担当。
10代でサッカーをするために単身ブラジルへ渡った経歴の持ち主で、
ポルトガル語・英語・フランス語を話す。