2012.09.10
東京日記後編3
6日目、朝は松徳硝子へ。「ここは“うすはり”っていう、すごく薄くて軽いグラスで有名なんだけど、楽しみだね。」と、到着前の車内でヒデさんが話していた。
広報の齊藤さんに工場を案内して頂いたあと、隣接する“蔵”のようなショールームにてお話を伺う。真ん中のテーブルを挟んで両側の壁には沢山の製品が並ぶ。どれもあまりに繊細そうで、不用意に動かないように気をつけるスタッフ。ライターの川上さんは体をちょこちょこ色々な所にぶつけるので、「気をつけろよぉ。」とヒデさん。
0.9mmという途轍もなく薄いこのうすはりグラス。持った瞬間、これにビールを注いで…ではなく、洗うのに神経使いそうだなぁ…と考えてしまった自分が悲しくなった。
並べられた商品の値段を見てみると、意外と高くない。
「作製の難易度よりも、大きさや容量で値段が決まるんです。」と齊藤さん。
数年前に経営が傾き、その危機的状況を脱した経験から、「値段以上の物を作っていかないと、続かないなって思いました。」との事。松徳硝子さんは、まさにピンチをチャンスに変えた企業なのだと思う。
数々のうすはりシリーズの作品を見ながら、またまた贈り物好きなヒデさんに火がつく。この人の場合、既製品はもちろんなのだけど、その薄さで他にどんな形のものが作製可能なのかなどを細かく聞いていて、何かオリジナルのものまで作ろうとするからすごい。けど齊藤さん、切子職人さんとコラボしてショットグラスなども作っているらしく、「あぁ、これもまた実現するんだろうなぁ」と自然と思った。

それから次はいけ花、小原流五世家元である小原宏貴さんを訪問。
小原さん、家元という響きからは想像もつかないほど若い。ただ、やはり「どこか違う」と思わせる雰囲気を持った方だったのだけど、それは彼の発する言葉からひしひしと伝わってきた。
小原流は元々、19世紀末に「盛花(もりばな)」という新形式のいけ花を創始、近代いけ花の道を開いたのだという。
「西洋では花を見て、茎は見ません。いけ花は線を見ますので、茎も枝も見ます。」
いけ花は、もうこの東京の旅で色々とお話を聞けていたので、話が少しわかり始めたのが嬉しく感じた。
小原さんに、実際に目の前で花をいけて頂ける事に。
どうしてこうも落ち着いた雰囲気が出せるのだろう…と小原さんを不思議に思っていたのだけど、なんと6才でこの一大流派の5世家元を継承されたとの事、既にこの大きな責任を背負ってから長いのだ。
「小さい頃から花に触れる機会はありましたが、稽古しろと言われた事はありませんでした。自由にしなさいって言われていました。」
そしてここでもヒデさん、いけ花とフラワーアレンジメントの違いについて質問をする。少し考えて、小原さんが答える。
「いけ花は引いて行くもの。それによって空間美を引出します。対してフラワーアレンジメントは足して行くものと言えるのではないでしょうか。」
ヒデさんと話ながら、小原さんは淡々と花をいけて行く。
「ああせいこうせいと言われるのは好きではありません。自分で正解を見つけた時の嬉しさはとても大きいですから。」
と、とても嬉しそうに話す小原さんだけど、同時にこうも話される。
「いけ花を半世紀やってる方に認められるとやっぱり嬉しいんです。逆にどういう部分を直したらいいかと聞いてみたくなります。」
強い意思がありながら、素直さも持ち合わせている。どこかヒデさんにも通じる部分があるのかも知れない。
小原さん曰く、このいけ花の世界は「60才でペーペー、70才で一人前、80才でやっと尊敬の対象」らしく、「先輩が本当に元気な世界です。」との事。
小原さんの話はとても深く、そして引き込まれるような内容だった。
60才でペーペーと言われるような世界で、これだけ若くして「家元」となるという事はどういう事なのだろう。そのプレッシャーの巨大さを考えると、小原さんが僕らの想像もつかないほどにいけ花について考え抜かれたであろう事だけは間違いない。そして最後の言葉は、最も僕の心に残った。
「茎や枝を、切ったらもう戻せないですよね。同じ材料も2つとない。日本の言い方で言えば、一期一会ですね。」

この日は最後に河東節三味線の人間国宝である、山彦千子さんを訪問して終了。
そして7日目、まずは書道家の矢萩春恵さんを訪問。
かねてから「字がうまくなりたい」と話していたヒデさん。矢萩さん、以前はハーバード大学の客員教授として「書」の講座を担当されていたとの事、アメリカでの暮しやその当時の個展の写真などを見せて頂いたりしたのだけど、その時のアメリカにいる矢萩さんが想像出来て、聞いていてとても楽しく、また自分も行ってみたいなと思わされる。
「まずは文字の美しさを知って欲しいです。線と形、構成上の空間のバランス…それが惹き付ける文字になります。」
楷書や行書であれば僕などでも読めるのだけど、崩したり省いたりして書く草書になるとなかなか読めない。
「ただ崩してもダメですし誤字でもいけません。当然読めなければならないのですが、表現力が大切になってきます。」
そして矢萩さんもまた、字を見ればそれを書いた人がどんな人だろうと想像出来ると話される。これまでに訪問した書家の方や筆職人の方も、同じ事を言われていたのを思い出す。
矢萩さんのご指導で、ヒデさんも筆で書いてみる。書くにあたって、「手首と腰と体で書く」というアドバイスをもらう。ヒデさんが書くのを見て、「素直ですね?全く力が入ってなくて。」と矢萩さん。

最後に、何かひとつ言葉を書いて頂けるという事で、何がいいかと考えるヒデさん。するとディレクターの大島が、「やっぱり…“旅”じゃないっすかね?」と珍しく名案を出し、それに決定。ヒデさん、最後は「ここで習えないかな…」と真剣に悩んでいる様子だった。

最後に、東京農業大学 醸造学科 穂坂賢教授と金工作家の奥村公規さんを訪問して今回の東京の旅は一旦終了した。そして東京の旅は最後の4日間へと続く。