2010.08.04
石川日記中編1
總持寺祖院を出た僕らは輪島の朝市へ。
通りは観光客や地元の方達で結構な賑わいを見せていた。
ここでの目当ては事前にリサーチしておいた「饅頭処つかもと」のえがらまんじゅう。これ、黄色に染められたモチ米でこし餡を包んだ珍しいまんじゅうなのだけど、口に含んでみると、美味い。
えらく気に入ったヒデさんが、後半に合流予定の取材チーム、高橋さん、川上さんらに買っておけないかと気にするが、真夏で痛んでしまう為にあえなく断念。
そこから同じ輪島市にある桐本木工所へ。
こちらは元々漆器の製造販売を長くやられていた所。現在は木地屋(漆器の下地となる器物作り)を主とし、漆を使った暮らしの中で使う事のできる物、インテリア家具などの創作を行っておられる。
3代目の桐本泰一さんに説明を受けるヒデさん。桐本さんの漆を使った様々な作品を見ながら、インテリア好きの血が騒ぎ出したのか、自身のアイデアを交えながら会話が盛り上がる。
漆はもうこの旅でも幾つかまわって来たのだけど、ヒデさんの関心度は相当強いな、とこの時感じた。

ここでは木地作りにも挑戦。この削る作業、色々な所で経験してきたのが功を奏したのか、2代目の俊兵衛さんから「小手先で削ろうとしてないから、(削る時の)音も良いね。」とお褒めの言葉までもらっていた。

輪島市を出た僕らは珠洲市へ。
今度は能登杜氏四天王の1人、三盃(さんばい)幸一さんを訪問。訪問の時点でもう83才というご高齢なのだけど、「さすが杜氏」と思わせる口調が、酒造りの話になると徐々に出始めた。
三盃さんは、酒造りの上では蔵人のチームワークが非常に重要だと言う。
ふと思う。なぜか、この旅で出合う人生の大先輩の話には全くもって古臭さを感じない。
彼らの言葉を自然に頭が受け入れようとする。それは出合う方々が偉い方々だからという単純な理由で説明出来るものではない。
三盃さんが何かを思い出すように窓の方を見ながら話された事がある。
「若い人が入ってきますよね。私は多くは言いません。ただ、自分も教えられる事はそうないけど、私がやってる事はちゃんと見とけと言います。そしてわからない事があったら訊け、それで私がわからなかったらわかる人に訊けと。その上でミスをしても、責任は全部私がとるから、とだけ言っています。」
そう、こういう人たちには驕りが全くないのだ。「何でも俺に訊け」という人は多いかもしれない。けど「俺がわからなかったらわかる人に訊け」と言える親分はなかなかいないと思う。三盃さんの言う事は、きっといつの時代の人にだって受け入れられる事なのだと思う。

三盃さんに別れを告げた僕らは、宗玄酒造を訪問してから、角田豊さんを訪ねた。
五代に渡って揚げ浜式塩田で製塩を続けておられるのだけど、その塩田は400年以上の歴史を誇るらしく、最近国の重要無形民俗文化財に指定されたという。
角花さんは人力で海水を運び、桶を使って塩田に均一に撒いている(潮撒きという作業)。
海辺にあるフットサルコートくらいの塩田の中央付近に海水の入った大きな桶があり、バケツのような桶を手に、汲んでは撒き、汲んでは撒きを繰り返す。周りにはいつの間にか見物客が数人いる。手にはカメラを持っている。
角花さんは全くまわりを意識していないのだけど、潮撒きをするその姿はまるで映画スターのように僕には映った。

2日目最後の訪問先は数馬酒造さん。
ここではいつものようにヒデさんも利き酒。

そして最後の訪問先という事でリラックス気味だった牧もこの表情で利き酒…。彼は運転で飲めない僕に見せつけるように飲んでいた。
