2010.05.27
京都日記中編1
その後はまた京都市内を移動、お香の松栄堂さんを訪問。
ヒデさんは色々なものの香りにうるさい。ホテルの部屋でも自分の好きな香りのキャンドルを焚いていたりする。
対して僕は鼻が悪いので、良い匂いも悪い匂いも、良くも悪くも気付かない事が多いのだけど、お店に入るなり、何か心がリセットされたような錯覚を覚えた。
まさに香りのせいである。それは香りの強さ、弱さではない気がした。何かこう、体に染み入って来るような、そんな感覚だったのだ。
社長の畑さんにお話を伺う。
こちらのお香の原料は、沈香や伽羅など東南アジアを中心に中国やインドなどで産出される貴重なものらしい。

畑さんの言葉は、お香を楽しむという事を知らない僕に、色々な事を教えてくれた。
例えばこんな言葉たち。
「焚いてる時にどんな香りだろう?というより、香りの余韻を楽しむ事。例えば、家に帰った時に香りの余韻が残ってますよね?その時に、あぁ自分の家だなって思えるんです。」
「偽物に対しては、自分達がきちんと見極めて行かなければと思っています。ただ、偽物に対して、いちいち腹を立てても仕方ないとも思います。そこにも1つの営みがあると思えば、楽しいとさえ感じますから(笑)。」
「神様のような香木に対して、自分のちっぽけな経験から好きだ、嫌いだなんて言うのは失礼な気がします。それより『あ、こんな香りがあるんだ!』と、出会いとして捉えると世界が広がります。」
うーん・・・ロマンだなぁと思った。
人は自分の世界の大きさを自分で決めてしまう事がよくある。食わず嫌いだったり、たった1つの経験を色々な事に重ねて短絡的な判断を下してしまったり。
けど畑さんの言うように、色々な物事は捉え方次第で大きくその意味を変えて行く。その捉え方の豊富さこそ、その人を豊にする鍵かも知れないと、そんな事を考えてしまった。

2日目、京都は市内に色々と集中しているおかげもあり、移動の時間、距離はこれまでと違ってほとんどが15分から30分程度。その分予定も詰め込まれるため、我々の昼食の時間も当然削られるのだけど・・・。
朝から二条城、南禅寺とまわってから、お菓子屋さんの末富へ。
京都はお菓子屋さんがとても多いらしく、この末富はまだ砂糖が貴重だった頃から、公家や茶家などを中心にその要望に答えるという、言わばお菓子のオートクチュールだ。
その前にお伺いした狂言の茂山千五郎家と同様に、末富の山口さんとヒデさんは以前からの知り合いらしい。昨年あたりからやけに京都に来ているらしいヒデさん、人脈もその分広がっているのを実感する。
実際にお菓子作りの現場を見せて頂く。表のお店では何人もの女性が働いておられたのだけど、工房はこちらも女人禁制との事だった。
中に入ると、鼻がこそばゆくなる程のなんとも甘い香りが・・・。なんと言うか、蟻になった気分。
すると山口さんがヒデさんに「これをどうぞ。」と言って作業用の白衣をお渡しになった。なんと、胸元には「HIDE」のネーム入り。
その白衣を着て、ヒデさんも悪戦苦闘しながらお菓子作りに挑戦。

僕も少し試食をさせて頂く。
元々、和菓子というよりスナック菓子のような駄菓子しか食べてこなかった僕だけど、先入観は見事に覆された。
甘さも丁度良く、まったくしつこさがない。
思わず「さすが」という言葉がスッと口をついて出るほどに繊細だった。
これにはヒデさんも「これに僕の名前とか入れてもらって、nakata.commude.site/wnakatanetp/ cafeで出したい!」と早速オファー。いやいや、そんな急に言っても・・・と思っていたら、「あ、いいですね。やりましょう!」と二つ返事で交渉成立。
コラボ企画って、こうやって成立するんだ・・・と思った。
その後、450年の歴史を持つ京友禅の千總(ちそう)を訪問した後、扇子(せんす)の宮脇賣扇庵)を訪問。
店舗には鮮やかなものから落ち着いた雰囲気のものまで、色々な種類の扇子が品良く並べられている。ヒデさんも実際に手に取って扇いでみたりしているが、何か違和感がある。
やはり扇子は着物を着てこそ、その魅力が最大限に引き出されるのだと思う。

そこからまた15分ほど移動して、今度は京扇子の認定伝統工芸師である寺村義治さんのご自宅兼工房へ。実際に扇子作りを見せて頂く。
全く手を休める事なく柔らかい口調でヒデさんとお話をされる寺村さん。
全て地道な手作業の為、お休みは週に1日。まとまった休暇がとりにくいのだという。
「もう何度も旅行を諦めました・・・。」と語られた時、チラッと台所にいらした奥さんの方に向けられた視線から、寺村さんの優しさを垣間見る事ができた気がした。
しかし寺村さんも、元々はお父さんが扇子職人だったとかで、自分が子供の時にどこにも連れて行ってもらえないのが非常に嫌で、自分は絶対にやりたくないと思っていたらしい。
ところがある日、急にお父さんが倒れ、目の前には山積みとなった仕事があり、「さぁ、どうする?誰かがやらねば・・・」という状況が訪れたという。それが寺村さんのキャリアの始まりだ。
「だから僕には師匠もいません。もう40年以上やってますが、まだまだ半人前です。」
という寺村さんだが、その腕には180年の歴史を持つ宮脇賣扇庵の全幅の信頼が寄せられているのだ。
しかし毎回おもうことだが、本当にすごい方というのは、どうしてこうも謙虚なのだろうか・・・。
京都日記中編2へつづく