2012.10.16
福島日記中編2
5日目、朝、まずは会津さざえ堂へ。飯盛さんにお話を伺う。
こちら、一見五重塔にも似た建物なのだけど、釘を1本も使わずに建てられていて、階段でなく、緩やかな螺旋通路で登る。一番上まで到達すると、今度は来た通路ではなく、裏側にある別の通路から降りる。
一瞬「ん?」となってしまったのだけど、巧妙な二重螺旋構造なのだ。

会津と言えば白虎隊なのだけど、このさざえ堂のある飯盛山は彼らが自決をした地との事。飯盛さんからは白虎隊の様々なエピソードを聞かせて頂いたのだけど、あまり知識のなかった僕にも、なるほどこれだけ日本全国に長い間語り継がれるのがよくわかるほどに興味深いものだった。

それから僕らは鶴ヶ城へ。こちらはボランティアガイドの方に案内して頂いたのだけど、ユーモアを交えたとてもシンプルでわかり易い説明をして頂き、とても楽しい時間を過ごす事ができた。
ここ鶴ヶ城は、登録名としては若松城となっていて、それは土地の名前をつけなければならないという決まりがあるからとの事。ガイドさんからはそういう「へぇ〜」というネタを幾つも教えて頂いた。城内には侍のコスプレをしたスタッフもちらほらいて、予想を大きく上回るほど楽しい取材になった。

その後、曙酒造を訪問した後、漆芸の佐藤達夫さんを訪問。佐藤さんは100年の歴史を誇るマルサ漆器製作所の4代目で、木取りと呼ばれる作業から塗りの仕上げまでを一貫して制作する作家なのだけど、とても面白い話を沢山聞かせて頂いた。
「昨年の東日本大震災など、色々な事があって、自分も50半ばになりましたが、若い人に伝えて行かなきゃって思いました。ただ、そうすると自分の制作が進まなくて…それが今の悩みですね。」と話す佐藤さん。
「こないだも伝統工芸展に行って、色々ありましたけど、やっぱり漆は面白いなって思いました。」とヒデさん。この人、僕らの知らない所で本当に色々な所に顔を出しているんだなと驚かされる。
「やっぱり、漆器で御飯を食べて欲しいです。」と話す佐藤さん、日本人の生活様式が変わる事で、お椀とかが生活から失われて行く事が本当に悲しいと話される。話は技術的な事へと続く。
「みんな、技術を持ってますから、技術を見せる事に固執しようとします。ただ、そうすると今度は何を表現したいのかがわからなくなるんですね。」
これは礼儀作法にも通じるものがある事に気付かされる。知識や技術は、適した使い方を知らなければマイナスにも作用するのだ。
漆に惹かれ続けるヒデさんが、色々なアイデアを佐藤さんにぶつけてみる。それに対して、「この世界にどっぷりの人から、新しいアイデアは出づらいものですよ。」と佐藤さん。若者の伝統文化離れなどの問題はあるにしろ、こういう心の豊な方がいるこの世界の将来は、そう悲観的ではないのかもしれない。

それから僕らはチャルジョウ農場へ、有機農業の小川光さん、息子の小川未明さんを訪問。
こちらでは数人の研修生を受け入れられているのだけど、この日も、農業を生業としたい、有機農業を学びたいという20代から30代の男女が畑で作業をしていた。中には東京から歩いて来た方がいて、その方はここでの研修を終えた後は歩いて宮城まで行くらしいのだけど、個性的な方が集まっているように感じた。
小川さんは県の農業試験場などで野菜などの研究や普及のお仕事をされていたとの事なのだけど、研究の為にトルクメニスタンに長期滞在された事があるという。トルクメニスタン…地図でいうとどの辺だっけか、と宙を見つめていると、「あ、行った事ありますよ。」とヒデさん。本当に色んな国に行ってるんだなと実感する。
ここ会津地方は日本一美味しいお米が穫れる地として注目されているらしく、それは温暖化の影響で、コシヒカリで有名な新潟の魚沼よりも少し北の方が良いとされ始めた事によるとの事。温暖化というとあまり良くない話が多かったように思うけど、ここでは場所によってはプラスに影響している事もあるようだ。
「生態系を考えても、有機の方がいいんですね。」という小川さんの言葉が、とても印象的だった。

この日最後の訪問先は、お米農家の只浦義弘さん。只浦さんのつくるお米はイオン米だ。これまで聞いた事もなかったのだけど、マイナスイオン水を田んぼに散布する事で色々な作用があり、美味しくなるという。
田んぼへ行き、「是非乗ってみて下さい。」という只浦さんの勧めもあり、耕耘機を初めて運転させてもらえる事になったヒデさん。この日はブルーのデニムシャツを着ていた事もあって、カメラのファインダーから覗くその姿は、なんだかとてもしっくりきていた。
