2012.10.16

福島日記後編

宮泉銘醸さんを出た僕らは高橋庄作酒造店さんへ。
こちらは兼業農家として、蔵の目の前にある田んぼで酒米を有機栽培されているのだけど、高橋さんとヒデさんの会話はとても専門的で、まるで農家さんを訪問したかのように思えた。
 

この日はその後白木屋漆器店、夢心酒造と訪問してから終了。
 
8日目、まずは二本松和紙伝承館を訪ねてから、陶芸家の半谷貞辰さんを訪問。
半谷さん、僕にとっての東北のイメージそのままの、優しさと静かさと、強さを感じる事が出来る方だった。
半谷さんは元々浪江町にて大堀相馬焼き半谷窯を構え、活動されていた。ただ、この方もまた、先の東日本大震災とそれに伴う原発事故の影響で、現在は福島市内に避難されていて、家に戻れない状態が続いている。
「工房も倒壊しましたし、代々受け継いで来た登り窯もダメになりました。」
と半谷さん、奥さんの菊枝さんと一緒に、それらの写真を見せて頂く。
 

この相馬焼き、これまでに見て来たものとは明らかな違いがある。二重焼きという技法で作られているものなど、ヒデさんも興味津々。
 

半谷さんは現在、陶芸家である清水文博さんの先達窯にて作陶を続けておられる。
「どうしていいかわからない時に、うちの窯を使っていいからと声を掛けて頂きました。ここで再スタート出来た時は感動でしたし、普通に作陶出来る事がこの上なく嬉しかったです。ただ、自分の窯で出来ない事が、こんなにも大変だとは想像出来ませんでした…。」
それでも最近はだいぶ現在の窯に慣れ、「だいぶ良くなって来ました。」と自信を持って話される。
浪江町にあった全ての窯元は避難を余儀なくされている。その中でも他所に窯を見つけてやっている人は5人ほどだという。それに対して、「300年の歴史、伝統がありますから…」と一点を見つめて話す半谷さんからは、なんとしてもこの伝統を絶やしてはならないという思いが伝わって来た。
 
相馬焼きの特徴の1つは駆けたり跳ねたりしている馬の絵。半谷さんの所では、この絵を描く作業は菊枝さんの作業だ。
「この馬の絵にも、ちゃんとした描き順があるんです。」
ヒデさんも挑戦。菊枝さんに横で描いてもらいながら、見よう見まねでゆっくりと描く。それでも、少し胴回りが太くなったりして、納得がいかないヒデさん。
「ダメだ、牧が目の前にいるから、描いてる馬まで丸くなっちゃったよ…。」と向かいでマジメにジッとカメラを回していた少し丸い感じの牧のせいにする。
まるで子供の実習風景だ。
 

「避難を余儀なくされてどうしていいかわからない時に、あんたらには腕があるじゃないか、と勇気づけてくれた人がいました。他にも応援してくれる人がいて、元気を貰っています。そして今日みたいに中田さんにも来て頂けて、本当に嬉しかったし、楽しみにしていました。」
半谷さんご夫婦からは、「感謝」の気持ちが溢れていた。
 
福島の旅最後の訪問先は、染織・テキスタイルのアーティスト 坂内まゆ子さん。
坂内さん、声や話し方など、その全てから柔和な人柄が伝わってきた。ただテキスタイルに対するこだわりや思いに関してだけは、「強さ」というものが伝わって来る。坂内さんが話してくれた事の中に、とても彼女を表しているものがあった。東日本大震災の後、無性に山に行きたくなったのだという。
「山を歩くと、そこには山椿が散っていて、それらの花が亡くなった人達に思えて、あ、これは私が拾っておかなきゃと思って、持ち帰って作品にしました。」
とても繊細な方なんだなと思った。心に深く残るものがあって、何かの衝動に駆られてそれに身を任せ、そこで見つけたものと他の何かが彼女の中で重なり、それを作品という形で表現出来るという、なんてすごい事なんだろう。
ただ、これまで出合ってきた農家さんにしても工芸界の方にしても、何かのきっかけがあって、様々な思いを仕事を通して表現されているのだと思う。そういう仕事をしている人はやはり素敵だな、と坂内さんは思わせてくれた。
 
福島はひと言にすれば、広かった。郡山市、会津若松市、喜多方、福島市、いわきと、有名な土地が幾つもある。そしてそれぞれに濃い特色を見る事ができた。当然、約1週間の滞在では、福島のほんの一部を垣間見れたに過ぎないのだ。
そして郷土料理。
訪問先で頂いた「こづゆ」や「にしんの山椒漬け」、会津のソースカツ丼や喜多方のラーメンに田楽…とにかく美味しいものが目白押しだった。東北にいよいよ入ったんだな、と実感した1週間だった。
次は宮城県へ向かう。
 

■Staff Profile
日本全国47都道府県の旅で、現場マネージャー兼、カメラマン兼、ドライバーを担当。
10代でサッカーをするために単身ブラジルへ渡った経歴の持ち主で、
ポルトガル語・英語・フランス語を話す。