2010.05.14
奈良日記中編
長谷寺の後、酒造を一件訪問してから三輪山勝製麺さんを訪問。快活な印象の6代目、山下社長から麺作りのお話を聞く。
その途中、僕らスタッフにまでご自慢の「一筋縄」というそうめんを試食させて頂いたのだけど、紅白の麺がとてもきれいで、当然味も抜群。丁度昼時でお腹が空いていた事もあり、ズーズー言わせながら夢中で食べていると、「うるさいよ!(笑)」とヒデさんから突っ込まれてしまった。

その後は三輪勝山製麺の工場見学へ。ここは麺の乾燥方法に非常に凝っているとの事。本来であれば素麺は低温での自然乾燥が基本だというのだが、現在は空気汚染などの問題もあり、難しいらしい。
ならば、という事で室内に独自の空調装置を作り、室内ながらも天日干しと同じ出来栄えを実現している。
ちなみにヒデさんも少しだけ体験。

山下さんは、色々な困難を乗り越えられて今があるとの事なのだけど、麺に対してのある言葉が心に残った。
「麺とつゆは夫婦、どっちかひとつが良くてもダメなんです。」
これにはヒデさんもすごく同調していたのだけど、それはきっと、色々な事に言える事なのだろう。
そこから次は橿原市へ。釜師の川邊さんを訪ねた。ここではヒデさん、危険とも思える釜作りに挑戦。
釜作りは高熱で溶かした鉄を鋳型に流し込むのだけど、この作業が大変だ。溶鉄を運ぶのに15mほど歩くのだけど、これが見るからに重そう。途中こぼれてしまった鉄の横に僕は立っていたのだけど、小さな塊からもの凄い熱を放出していた。踏んだら一瞬にして靴も足も溶けるかな…などと考えてしまった。

ヒデさんも、「これ、重い!」と言いながら、懸命に溶鉄を運ぶ。顔がマジだ。いつもの特注ツナギを着た彼だけども、大変な作業になればなる程燃えるのだろう。
なんとも良い具合に工房の中に溶け込んでいたのが印象的だった。

3 日目、朝から酒造をひとつ訪問してから、春日大社へ。
ここでは能の舞を見学できる事になっていた。この日は薪御能(たきぎおのう)というのが行われるという事で、大変な数の人たちが訪れていた。
正直なところ、僕は能というものがイマイチまだよくわかっていないのだけど、案内して頂いた方に、「能は主人公のほとんどが幽霊なんです。あ、けど別に怖い話ではありません。狂言はもっと明るい、笑いのあるお話です。」と教えられた。能と狂言の違いさえわかっていなかったのだけど、そういう基本的な情報を知るだけで、全く違った見方が出来るのかもしれない。

それからまた、油長酒造さん、千代酒造さんと酒蔵を続けてまわった僕ら。
もう酒造りが行われていない季節なだけに、どこの蔵もシーンとしている。
「麹の匂いがしないと、なんか寂しいな…。」
と、ヒデさんが僕らに向かって言う。
「そうですね…」と答えたけども、それより、もうこの人は完全にお酒マニアだな、と心底思ったのだった。
千代酒造さんの所で利き酒をさせて頂いた時の事。
ヒデさんは最近、そのお酒が何の酒米を使っているのかが少しずつわかるようになってきているようで、お酒を口に含んではジーッと考え込む事が多い。この日も何やら考え込んでいる。
「山田錦でも…雄町でもないような…」
すると、蔵の方がすかさず
「八反です。すごいですね!違いがわかるんですか??」と驚かれていた。
僕もこの旅で初めて日本酒について少しずつ学んで来ているけども、雄町(おまち)や山田錦、五百万石など、酒米の種類が幾つもある事さえ知らなかった。酒蔵さんの訪問が続いたヒデさんの顔は、少し赤らんでいるように見えた。

4日目、この日も早朝から活動開始、午前中に奈良市内、橿原市、宇陀市とまわってから、三重で1度お会いしていた赤目自然塾の川口さんを訪問。
川口さんは「耕さず、肥料・農薬を用いず、草々・虫たちを敵にしない」という自然農を実践しておられる方だ。三重の時はまだ寒かった上に雨だった。田んぼの脇の小さな小屋で、火を囲むようにしてお話したのを思い出す。
この日はご自宅にお招き頂き、お昼ご飯まで頂いてしまった。おにぎり、漬け物、タコに卵に生野菜・・どれも美味。時刻は丁度昼時、グゥグゥとお腹を鳴らしていた僕らスタッフはガッツリ食べさせて頂いた。

その後は田んぼを案内して頂く。
自然そのままである為、気をつけて歩かなければ野菜などを踏んづけてしまいそうになる。印象的だったのは、小さな体の川口さんが、畑に入ると率先して早歩きで前に進んで行くそのなんとも勇ましい後ろ姿が、ある意味ヒデさんよりも大きく見えた事だった。

その日の夕方、奈良市内へ戻る途中に一如庵というお蕎麦屋さんに寄った。
本来は定休日だったのだけど、事情を説明すると、快く特別に開けて頂いた。電灯もない、通りを挟んだ先からは心地良い川のせせらぎが聞こえるそのお店は、古い一軒家を改装してつくられているとの事。昔の和の香りの残る、とても良い雰囲気を感じた。
お勘定の際、まだ若い女将さんがこんな話をしてくれた。
「実は、数ヶ月前に親しい友人が亡くなったのですが、彼女が中田さんの大ファンだったんです。それで、なぜか今日の昼に彼女がそんな事言ってたなってふと思い出していたんです。だからお電話を頂いた時は本当にびっくりしました…。」
僕もまだ短い人生だけど、何か説明のつかない、そんな力を感じる事が多々ある。
旅で僕らは、予定にある場所以外も自由にあちらこちらへ行くのだけど、本当は、何か大きな力に導かれているのかも知れない。
ふと、そんな事を思った。
奈良日記後編へつづく