2013.04.10

岩手日記中編2

4日目まずは大船渡の酔仙酒造さんを訪問し、続けて陸前高田にて自家製醤油・味噌の製造元である八木澤商店さんを訪ねた。河野さんにお話を伺う。
中でも面白かったのが、濃い口醤油と薄口醤油の話だ。
「昔は料理によって濃い口醤油と薄口醤油を分けていましたよね。けど今は全て濃い口で賄ってしまう事が多い。出来れば煮物には薄口を使って欲しいのですが…」
この話を受けてヒデさん、ある提案をする。
「その両方を揃えるのがまず手間ですから、例えば濃い口と薄口が背中合わせの1つのパックになってて、それぞれに注ぎ口があればその都度使い分けられますよね。」
これを聞いた河野さん、「それ…頂いてもいいですか?」とヒデさんのアイデアをえらく気に入った様子だった。
 
話はやはり、震災の事へと移る。
「津波で事業所の約80%が壊滅しました。そこからなんとか、今年の秋に、震災後初めて仕込んだ醤油が出来上がるんです。それを見て、以前と比べてどう変わってるかですね。」
以前は100年以上使っていた杉桶で仕込みをされていたとの事、そこには当然長い時間を経て住み着いた菌がいて、「それがなくなってしまったのは正直、痛いですね…。」との事、ただ、そこからこう続けられた。
「今までその菌には本当に助けてもらいましたから、これからは人間が努力して、新しいものを作っていかなければいけません。」
以前とは大豆の品種も変え、初の試みと言う事で、楽しみでもあると笑顔で話す河野さんが、とても頼もしく思えた。
 

それから僕らは、建築家の伊藤豊雄さんが推進する、震災で自宅を失った人が集う「みんなの家」を同じ陸前高田に訪ねた。
既にヒデさんは何度かここに来ていたので、迎えてくれた方々ととても仲が良いのがするわかる。お互い、冗談まで飛ばし合っている。
ヒデさんが来るという事で、沢山のお料理を準備して頂いていたのだけど、料理より何より、皆さんの明るい人柄に僕らまで元気にさせられる。料理を頂きながら、それぞれが賑やかに話を弾ませていた。ヒデさんは、驚くほどそこにしっくり馴染んでいた。
 

僕らまで元気にさせられる、と書いたけども、当然皆さんは想像出来ないほどの被害を受けられている。これほど元気に僕らを受け入れて下さるのは、この土地に根付いた、おもてなしの心から来るのかもしれない。
ヒデさんが、そんな皆さんを見て言う。
「世界中で、色々なところを見て来ましたけど、改めて思わされるのは、人間は強いって事ですね。簡単には逃げないし、負けないなって。」
 
そして中には、この「みんなの家」の事をこう話される方がいた。
「仮設住宅に住んでいると、集会所などはあるのですが、そこにはそのエリアの人しか来ないんです。けどここには色んな人が来ますから、色んな人に会えるんです。」
僕はこの最後の、「色んな人に“会える”」という表現が痛く胸に残っている。都会に暮らして、気付かぬ内にどこかで人との出合いを選ぶようになっていた。
都会にいながら狭い世界に住んでいるようで、自分が何とも皮肉に思えて仕方なかった。
 
5日目、まずは早朝から「歴史公園えさし藤原の郷」を訪問し、次に株式会社日本ホームスパンを訪ねた。ホームスパン(羊毛の手紡ぎ、手織り)の技術は明治時代頃にイギリスから伝わってきたとの事、ここ花巻市ではその頃から農家さんの副業として綿羊(めんよう:家畜羊)飼育が行われていたらしく、それが事業となり、この会社の歴史がスタートしたという。今では誰でも知っているようなデザイナーズブランドに生地を提供したりもするとの事だ。
 
のんびりとした土地に、織り機のカシャンカシャンとした音が響く。ご案内頂いた菊池さんにその音の出所である作業場へとご案内頂く。テキパキと仕事をされている従業員の方々。ほとんどが地元の女性なのだという。一角にある販売所には、色とりどりの製品が重ねてあったのだけど、どれも顔をうずめたくなるほどに触り心地の良いものばかり。ヒデさんも手を当てながら、「へぇ…へぇ…」と感嘆の声をあげる。
 

糸を紡ぐ作業も見せて頂いたのだけど、その細かな作業にやけに見入るヒデさん。洋服が好きな彼だけに、何かアイデアでも浮かべていたのかもしれない。
 

次の訪問先へ行く途中、ヒデさんから「ちょっと寄りたい所があるんだけど。」とリクエストが。何でも、マルカンデパートという所で“十段ソフトクリーム”というのがあるとの事。デパートの中という事だったので、ディレクターの大島に買って来てもらう事に。
なかなか戻らない大島に、「十段あるらしいけど、あいつ落したりしないだろうな…」と少し不安げなヒデさん。
ほどなくして、確かに普通のより“長い”ソフトクリームを手に、少し恥ずかしそうに戻って来た大島。
「大人が昼間からソフトクリーム片手に歩いてると、変だな。」とヒデさん。
確かに、革ジャンにサングラス姿のヒデさんがあの長いのを持って歩いているのは、ダメだろう…。
ヒデさんは小食なので1段ほど食べて、終わり。僕も運転があるので1段だけ頂いて大島に譲る。
「え…も、もういいんすか?」
と、まだ8段あるその長いのを手に唖然とする大島。
すると後ろからヒデさんが笑いながらひと言。
「良かったな大島。いっぱい食べれて。」
絶句する大島が、とても印象的だった。
 
それから僕らは岩鋳鉄器館を訪問。こちらでは数々の鉄器が展示されていて、併設する工房では鉄瓶の作業工程も見学する事ができる。伝統工芸士の八重樫さんに、実際に工程を見せて頂きながらお話を伺った。南部鉄器の生産メーカーである株式会社岩鋳の特徴は、豊富な商品数に加え、他にはないカラーバリエーションだという。八重樫さん曰く、日本と国外では売れ筋商品はハッキリと別れるらしい。
「例えば中国はすごく日本的な、例えば魚のデザインが入っているものなどが好まれます。日本やヨーロッパは、どちらかと言えばフォルム重視ですね。」
こちらでは、溶かした鉄の「鋳込み」作業を体験したヒデさん。当たり前だがとんでもなく熱い鉄を扱う作業なので、良い写真を撮らねばと気を引き締めると同時に、ヒデさんに気付かれないように数歩下がって距離をとる。
こうした緊張感のある作業工程は、自然と無口に、ただじっと見入ってしまうものだ。
 

八重樫さんの言葉が印象的だ。
「鋳物って、鉄がこちらの気持ちを汲んでどうこうしてくれる訳ではありませんから、その都度自分の仕事がどうだったかがそのままわかるんです。ですから、気が抜けません。」
まさに「毎日が真剣勝負」の職人さん。
その勝負の相手とは、やはり自分自身の事なのだ。
 
岩手日記中編3へつづく
 

■Staff Profile
日本全国47都道府県の旅で、現場マネージャー兼、カメラマン兼、ドライバーを担当。
10代でサッカーをするために単身ブラジルへ渡った経歴の持ち主で、
ポルトガル語・英語・フランス語を話す。