2009.08.29
山口日記
旅は今日、ついに本州へと入った。
関門海峡を前に「折角だから、歩こうかな。」とヒデさん。 ここは車でも通行可能なのだけど、何かしらを感じたいと思ったのだろうか、海が見える訳でもない海中トンネルへとヒデさんは消えて行った。 車で先に山口県側に行こうとした僕だったのだけど、トンネル入り口の料金所で結構な渋滞があり、結局歩いたヒデさんの方が先に着いていた。
山口県最初の訪問地は秋芳梨のホリナガ農園さん。 ここでも汁がしたたるほどジューシーな梨を頂く。
農園を営むおばあちゃん(70歳以上!)の方言がきつい。ヒデさんはよく笑って会話をしているが、内容をきちんと理解しているのか非常に心配だ。それにしてもとにかく元気で親切。農園内の梨のなる木の下にビニールシートを敷いて頂き、お茶を頂く。
そしてせんべいも頂く。 おいしい空気と心地良い天気も手伝ってか、これがまた美味い。
帰り際、車に乗り込む僕らを呼び止めるホリナガさん親子。 こちらに向かってくる息子さんの顔が、腕に抱えた「梨」と書かれた3つの箱に隠れて見えない・・。
「ほれ、お土産に!」 遠慮する僕らだったがそれも最初だけ。過度な遠慮は失礼にあたる。 「いえいえ・・もう本当に大丈夫ですから・・」 と遠慮しながらトランクを開ける僕。 車のトランクは初日からこれ以上入らないほどになってしまった。 その日から毎晩、梨がデザートとして出る事が約束されたも同然だ。 なんともありがたい。
車を出すと、ヒデさんがぽつり。
「これは東京のリサーチしてくれてるスタッフも喜ぶだろうな。いつも調べてばっかでなんも食べれないもんね・・。」

その後山口市へ移動。
目的の場所に到着するほんの数十メートル手前で「昭ちゃんコロッケ」なるものをヒデさんが目ざとく発見。 そ
う、コロッケに異常なほどの執着心を見せる我々(特にHさん)である。 「なんか気になるなぁ。食ってみようよ。」 とやけに惹き付けられている模様だ。小腹の空いた僕らスタッフは無言で喜ぶ。
見た目は平凡な精肉店。入り口の所で若い女性がコロッケを売っていた。 すると、直接話しを聞いていたヒデさんが突然「え!そうなんですか!?」と大声をあげた。 どうしたのかと聞いてみると、興奮気味にヒデさんが言う。
「これ、あの湯布院でみつけた金賞コロッケの大本なんだって!」 「えぇーーーー!!」「すごい!なんという偶然!」「俺らすげぇー!」 と何がすごいのかわからないが異常に盛り上がる30代の男たち。
それを見てポカンとしているコロッケ屋のお姉さんの表情が今でも心に浮かぶ。
帰りの車中、あるコロッケのルーツを知り、そしてその期待に違わぬ美味さに天国のような気分を味わっている僕と大島ディレクターの後ろからヒデさんが嬉々として身を乗り出してきた。
「やっぱ俺の引きの強さはすごいな。なぁ、すごいよな?」 これまでに何度もその引きの強さには驚かされて来た僕だけど、 今回ばかりは素直に認めるしかない。そしてもう一つ思った事がある。 旅の出会いは、決して「人」に限られる訳ではないのだ。

そしてここで一つ気付いた事がある。 焼物にしても酒蔵にしても、何代と伝統を受け継いで来た所の方達の礼儀作法の素晴らしさである。訪問の際に必ずご家族をご紹介頂くのだけど、まだ小学生や中学生の子達が「カッコいい」と思えるほどに堂々と、そしてきちんとした挨拶をしてくれるのだ。
大袈裟に聞こえるかもしれないが、その様を見るとその子たちからも学ぶ事は多く、東京で「ちわーっす」などと言って挨拶している自らを改めなければと思わされる・・。
後日訪れた永山本家酒造 では、若大将で年もヒデさんとあまり変わらない貴博さんと意気投合。
「酒と関係ありませんが、面白い所があります。」 という言葉に乗せられ急遽予定変更(この旅ではよくある事・・)。 車を北へ走らせた僕らが行き着いたのは長門の先にある、油谷島の「百姓庵」。
自給自足の生活をテーマにしたそこでは、自ら製塩した「百姓の塩」なるものを作られているのだけど、なんとこの方の塩作りの師匠は、僕らが熊本は天草で訪問した「天草塩の会」の松本さん だという。
ビックリする僕ら、そしてまたまた盛り上がる。

あるテーマを素に、積極的に南から北上しているヒデさんのこの旅。ここ山口に来て、少しずつだけど、出会う人たちや物の繋がりを垣間みるようになって来た。 その時に思ったのは、コロッケにしても塩にしても、繋がりを発見したのは決して偶然なんかではないという事。それは時間を無駄にする事なく、「色々な事を知りたい」という信念のもとに積極的に動き回るヒデさん自身が引き込んでいる、必然なのだ。 山口県は道が非常に整備されているのか、何処へ行くにも快適に車を走らせる事ができた。

車窓からの景色も、予想だにしなかった日本海の美しさや、紅葉前のそう高くない山々に囲まれた、緑というより黄色に近い田園風景など、これまでに見たそれよりも何か心に残るような景色が多かった気がする。
そんな名残惜しさを感じながら、僕たちは島根へと向かった。