2013.07.20
山形日記前編
山形の旅のスタートは天童市にある出羽桜酒造さんから。
歴史を感じさせる、趣のある立派な家の応接間に通される。壁には掛け軸や陶器がセンスよくディスプレイされていて、とても居心地が良い。
お酒の話に入る前に、社長の仲野益美さんと美術館などの話で盛り上がるヒデさん。こういう風に、訪問の趣旨と関係のない事で話が膨らむ光景も最近では珍しくもなくなった感がある。
山形県は、東北の中でも酒造の数は一番多いという。杜氏さんの話になり、僕らはこの旅で四天王と言われる能登杜氏の内、3人の方々に出合ったのだけど、その内現役で酒造りをされている方はもう1人だけだという。時間の経過をハッキリと感じさせられてしまい、短いその会話がとても印象的だった。

それから僕らは朝日町へ移動、金工の牧野広大さんを訪問。牧野さんは愛知県の出身なのだけど、「住んでいた所には何かのチェーン店やコンクリートのマンションしかないような場所でした。それに比べてここにはキレイな水と空気がありますから。」との事で、こちらに移住し、廃校となった小学校の一室に工房を構え、創作活動をされている。
校舎から見える景色から、牧野さんの言う事がとてもよく理解出来た気がした。

こちらでは牧野さん含め4人の方が活動されているとの事だけど、牧野さん以外はあまりここには来ないという。ヒデさんが「寂しくないんですか?」と訊く。
「あぁ、けど逆に集中出来るので、いいですね。結構集中すると時間が経つのを忘れる方で、たまにお昼御飯を食べ忘れて作業に没頭する事もあるくらいです。」
と牧野さん。
ヒデさんが牧野さんの話を聞いている間、少しだけその場を離れて運動場を眺めていた。誰もいないのに、昼休みで沢山の子供が遊んでいる景色を想像したり、汚れるのが嫌で運動場が好きになれなかった自分の子供時代を投影したりして少し懐かしい気持ちになった。

2日目、まずは金工の菅江浩峰さんを訪問。菅江さんは渡邊梵鐘の十代目。
梵鐘作りと言えば、富山で訪問した老子製作所を思い出すけども、東北で残っているのはここだけだという。
「梵鐘作りに於いて一番気を遣う所はなんですか?」とヒデさん。
「字、でしょうか。やはり字は綺麗じゃないと駄目ですから、とても気を遣います。」と笑って話される菅江さんを見ながら、各地で訪問するあらゆる職人さんも、その仕事に於ける最も難しい部分の話をとても楽しそうに語られる事に気付かされた。
菅江さんが目指す梵鐘とは、撞いた時に近くにいてもうるさくなく、且つ遠くまで心地良く響く様な音を出すものだという。響きを良くする為に混ぜ合わせる錫の量や、梵鐘を撞く鐘木と呼ばれる木気の棒によっても音は変わるとの事、あらゆる細かい要素が組合わさってその音が作られていて、何とも奥深い世界なのだと驚かされた。
「梵鐘も割れる事がありますから、撞く時は鐘木の重さで撞いて欲しいですね。」
これからどこかのお寺などで見掛ける梵鐘に対して、大きく見方が変わりそうだ。

それから長沼合名会社に寄ってから、長井市に陶芸家の和久井修さんを訪ねた。
和久井さん、ヒデさんと話す時間が経つにつれ、表情がどんどん和らいでくるのがわかる。
「いやぁ、中田さんもどこまで知識があるのかわからなかったし、最初どこまで話していいものかと迷っていたんですけど、ビックリするくらい知ってるね?」
と嬉しそうに話される。
いえいえ、と謙遜するヒデさんに和久井さんがこう続ける。
「やっぱり自分の業界以外の人と話すのは本当に楽しいですし、刺激になりますよ。」
ヒデさんもろくろに挑戦。和久井さんが言う、土は素直に反応するという言葉に注意しながらも、力の入れ具合に苦戦するヒデさん。
「本当は、時間に制約されずにゆっくりやるのが一番良いんだけどね。」という和久井さんの言葉が、何にでも通じる事に思えてとても心に残っている。

3日目、まずは朝の7時より羽黒山の出羽三山神社へ。雨が降ったり止んだりの中、ヒデさんは白装束に着替えて山伏と2000段の階段を上る事に。
に せ ん だ ん…。旅ではたまにこういう修行のような非常にきつい取材が待ち受けている。運動不足の僕やディレクター陣にはとても辛いものなのだけど、この朝に合流したディレクターの牧も出来れば大雨になる事を強く祈っていたようだ。ただ、その祈りも晴れ男のヒデさんの前には無意味だった。
車を本殿のある山の上に移動させるという素晴らしい任務を課された僕は、恨めしそうに僕を振り返りながら鳥居をくぐる牧とヒデさんらを、手を振りながら見送った。

ヒデさんらを、一番上から200段程下った所で待ち伏せた。山伏と並んで上がってくるヒデさんは、相変わらず呼吸も乱れず、笑顔まで覗かせている。隣の山伏の顔には汗が浮かんでいる。そしてその後方から、茹で上がった玉子のような顔をした牧が、まさに湯気を全身から発しながら必死の形相で上がって来る。「もうすぐだ!もうすぐだぞ牧!」と声をかけつつも辛うじて瞳孔が開いていない事を確認し、安心した。にしても湯気が…。
山伏も、「私もそこそこ慣れているのですが…」とヒデさんの体力に驚きを隠せない様子だった。
それにしても、白装束を着たヒデさんは、とても楽しそうだった。

山形日記中編1へ続く