2013.07.20

山形日記後編

それからこの日最後は黒田果樹園さんを訪問。こちらはさくらんぼ、ラ・フランス、そしてブドウの栽培をされているのだけど、この時期はさくらんぼという事で、畑に案内して頂く。品種としては、佐藤錦と紅秀峰というのがあるのだけど、ヒデさんは「酸味と甘さのバランスが良いし、どちらかと言うと紅秀峰が好みですね。」との事。この人は最近、梨や桃をはじめとしたフルーツにもやけに詳しくなってきている。
時期的には佐藤錦から紅秀峰へと移り変わる頃だったのだけど、どちらも試食させて頂く。甘さがしつこくなく、幾らでも食べられる。またまた、止まらない…。
ヒデさんも腰に籠をつけてもいでみる。どうやら、さくらんぼのもぎ方にもコツがあるなのだけど、コツをつかんだヒデさん、籠いっぱいになるまで真剣にさくらんぼをもぎ続けていた。
 

 
山形の旅、第3回。まずは木地師で、漆芸家である蜂谷友季子さんを訪問。山の麓の、自然に囲まれたとても静かな場所。大学では日本絵を学ばれた蜂谷さんは、その後石川県立挽物轆轤(ろくろ)技術研修所にて学ばれたという。
「石川は日本でも有数の漆器の産地で、人間国宝の方などに囲まれて学べる場所で、素晴らしい環境でした。」
 
漆はヒデさんが最も興味のあるものの1つなのだけど、話が弾む中で蜂谷さん、「漆を極めるには人生一回では足りませんよね。今でも修行に戻りたいくらいです。」と話される。どうして漆に?という質問に対し、「父がとにかく漆が好きだったので、子供の頃からすり込まれたという事でしょうか。」と笑う蜂谷さん、元々は木地師になるつもりはなく、塗りを希望していたとの事だけど、「父が、これからは木地師が少なくなるからいいぞ?と言われて…。」と、お父さんの影響が実に大きかったらしい。
機械のろくろを使って木地を回し、木目に鋭い刃をあてる蜂谷さんの姿は、その落ち着いた雰囲気とどこかギャップがあって、とても印象に残っている。
 

 
それから次は佐藤繊維株式会社さんを訪問。社長の佐藤さんにお話を伺う。
こちらは元々地元の農家さん達と羊を育て、その羊毛を原料に毛紡績業を興されたという。その後、ニット製造、アパレルと活動の分野を広げ、現在ではオリジナルブランドを展開されているという。「けど、まだまだです。先日イタリアの展示会に行って来たのですが、やっと、少し認められてきたかなという手応えがありました。」との事。
アパレル業界には友人も多いヒデさん、佐藤さんの様々な苦労が手に取るようにわかるようだ。ヒデさんがこう話す。
「食もアパレルも、世界の本場と言われる場所にはどこに行っても裏方には日本人がいますよね。けど表にはなかなか出れない。これからはもっと表に出て行けるようになるといいですね。」
こういう話を聞くと、普段僕らが忘れてしまっている、ヒデさんが見ている世界の広さを実感出来て本当に楽しいと思う。
 

 
2日目、まずは山形市にて金工の庄治逸雄さんを訪問してから、上山市へ移動。丹野こんにゃくのこんにゃく番所を訪問。こちらへ訪問する事が決まったのは、前回の山形の旅で食事に来た事がきっかけだった。色々な素材のこんにゃくが、様々な料理風に調理されて出て来るのだけど、見た目はともかく、味までも「え、これもこんにゃく?」と錯覚する程に追求されている。
 

 
「ある番組で、こんにゃくがどのように消化されるかをやっていたのですが、そのまま体を通って行くんですね。腸も掃除してくれる。」
元々は茶飲み処だったそうなのだけど、色々なご縁と、アルカリ性の水が出る土地に恵まれた事もあり、こんにゃくに辿り着いたそう。前回食事に来た時には御会いする事が出来なかった丹野社長に、メニュー作りや車で全国を回ってアイデアを考案していた時の事などをお話頂く。
 
「車に商品を積んで、地方の物産展を車で回っていました。九州だろうが、車が好きなので苦ではありませんでした。」
こうやって短い言葉で聞く分にはあまりわからない事だけども、相当大変だったであろう事は想像がつく。丹野さんがそう話される横では、笑顔の絶えない女将さんが、頷きながら「ちゃんと下積みがありますね。」と呟かれた。
こちらのモットーは、「あなたの笑顔にあいたくて健康を送ります」なのだけど、女将さんの笑顔に会う為にここへ来るお客さんもきっと多いのだと思う。結果、それが健康へと繋がるという。美味しい食事と人の笑顔と健康と。なんて素晴らしい仕事なんだろう。
 

 
それから再度山形市へ戻り、七宝作家の古瀬静子さんを訪問。
こちら、何と言ってもご自宅兼アトリエのある立地が素晴らしい。冬は寒いとの事だけど、自然に囲まれて暮らすとはまさにこの事かと思わされる。しかも山形市内までも車で20分程なのだという。仙台でもそういう場所があった事を思い出すのだけど、こういう環境は僕の地元の九州ではなかなか見られないと思う。七宝焼きとは、金属製の下地に釉薬を乗せたものを高温で焼成したものなのだけど、出来上がりはエナメル質で、ヒデさんも「ガラスですか?」と聞いていたのだけど、そのようにも見える。
 
アトリエには先日訪ねた東北芸術工科大学の生徒さんも学びに来ていたのだけど、「先日ちょっと行ったんですよ。」と話すと、「あ…・・見ました…・・。」との事。山形では、こうして別の訪問先にいた、という方に会うのが3回もあったのだけど、単なる偶然というよりも山形特有の何かではと思わされる。
ヒデさんも皆さんに混ざって七宝作りを体験したのだけど、妙に馴染んでいて、居心地が良さそうだった。
 

 
3日目、まずは養鶏の菅野芳秀さんを訪ねる。
元々農家の家に生まれた菅野さんだけど、「生き方を探して、沖縄に放浪したりしていた時期もありました。農業を始めるまでには葛藤がありました。」と当時の事を話される。農業をやろうと決めてからも、(耕種と畜産を兼ねた)有畜複合経営をしたいという明確なものはあった菅野さん。
「牛か鶏か豚かの迷いはあったんですね。ただ、子供が生まれた時に、パッと卵が浮かんだんです。」
この話からは、とても自然体な菅野さんの人となりが伺える。
 
菅野さんは生物が生きて行く上での“土”の大切さを強く説かれているのだけど、同時に“水”についても同じ考えだ。それに対してヒデさんがいう。
「僕は山に囲まれた場所が好きなのですが、水があるからなんですね。水があると、すごく落ち着くんです。」
僕からすると常に落ち着いている彼ではあるのだけど…。
明確な知識と信念のもとに活動する菅野さんの元には、全国から若者が集まって来るという。菅野さんの一番の魅力とは何だろうと考えながら話を聞いていたのだけど、あるフレーズで気付かされた。
「何でもそうですが、楽しくなければいけませんね。楽しむ事が自分は好きです。」
これはヒデさんのでなく、菅野さんの言葉だ。
 

 
それから最後に山形工業技術センターを訪問して、山形の旅は終わった。
ヒデさんが指摘していたように、山形にある産業やもの作りは本当に素晴らしい。ただ、土地柄なのか、あまりその素晴らしさを前面に押し出す事はないように思えた。ただ、それはやはりこの土地に暮らす人達の良さなのだ。大きな規模の会社であっても、天童木工さんで聞いた「職人の集合体のような」という言葉にあるように、職人である事を忘れない人達なのだと思う。
それこそが山形の良さなのかも知れないと、個人的に思わされた。
今後の旅では、より広い視野を意識して、その土地に暮らす人達を見て、感じてみようと思う。
次は秋田へ向かう。
 

■Staff Profile
日本全国47都道府県の旅で、現場マネージャー兼、カメラマン兼、ドライバーを担当。
10代でサッカーをするために単身ブラジルへ渡った経歴の持ち主で、
ポルトガル語・英語・フランス語を話す。