2011.09.08
千葉日記 中編1
3日目、まずは日本3大うちわのひとつ、「房州うちわ作りの宇山正男さんを」訪ねた。3大うちわの他の2つは丸亀うちわ(香川)と京うちわ(京都)があるとの事。宇山さんは、房州うちわを作る上での全21工程をひとりでこなす事ができる唯一の職人さん。
ヒデさんもうちわ作りに挑戦。まずは基本的な、竹を割く作業から始める。
これがなかなかうまく行かない。「おっかしぃなぁ」と首をひねる。どうも、まっすぐ上から下まで割くのがとても難しいようで、何度やっても斜めになったりしている。
「これはうちわの骨になる部分を作る作業ですが、昔は床屋さんの剃刀を使ってました。今のよりも難しかったです。これが出来るようになるのに、1年はかかるんじゃないでしょうか。」
と宇山さん。それを聞きながらもなかなかうまくいかないヒデさんが「あー腹立つ!」と悔しそうに叫ぶ。
なんでも、この房州うちわ作りの作業工程は、おおまかに言うと秋に山に入って竹をとり、冬にひたすら裂いて骨の部分を作り、夏前にひたすら和紙を貼付けるという。山ではよくイノシシも見かけるらしく、「子連れだったら突進して来ますから、走って逃げます。」という。
下部に半円で格子模様の「窓」があるのが房州うちわの特徴。ヒデさんもこの手の作業にはハマる傾向が強いのだけど、この日も例に洩れず、時間をオーバーする程夢中になっていた。帰り際も、出来上がった自分のうちわにどこか納得いかない表情を浮かべながら、「次はもっとうまくやれると思うんですけどね…」と真顔で話していた。竹はうまく裂けなくとも、意外と性格はまっすぐなのだな…。
次は同じ南房総市の「百姓屋敷じろえむ」の稲葉芳一さんを訪問。
稲葉さんは平飼いのにわとり約1,500羽による有精卵や、有機米、無農薬・無化学肥料の野菜などを生産されていて、他にも築300年の母屋を改装した「百姓屋敷じろえむ」を自然食レストランとして予約制でオープンもされている。
車を降りると、まず深呼吸をしたくなるようなのどかな場所。
稲葉さんにまずはお米の田んぼを案内してもらい、それから完全除菌をして鶏舎へ。
ここではヒデさんも産まれたての卵の詰め込みを手伝ったりした。
それから母屋にて昼食を頂く事に。カメラを置いて、扇風機の風に目を閉じてあたる。
すぐ隣の座敷は風通しが良さそうで、昼寝をしたいという衝動を押さえるのが大変だった。
食事は、野菜ももちろんだけども、漬け物と御飯が抜群に美味しかった。
この日最後は「長板中型染めの松原伸生さん」を訪問。長板中形とは、小紋や友禅といった染めの技法のひとつ。なんでも、松原さんはヒデさんが既にまわった他県の方々からヒデさんの話を聞いていたという。
「中田さんがそうやってあちこちの人たちにお会いになられて、色々な物が旅の先々で繋がっているのがホームページを通して見えるんです。僕はこの世界にいてもなかなかそういった方たちに会えないですから、羨ましいです。」
そう話される松原さんは、「今にでも出来るなら旅に出たい!」と話されているようだった。
ヒデさんも布を1枚作らせて頂く事になり、まずは絵柄の型紙に糊をおく作業に挑戦。
その後、しばし話し込む2人。これまで多くの伝統工芸士さんを訪問して来た事に触れ、「色々な物や技術を見せてもらって来たから、今はとにかく何か物が作りたいです。」と話すヒデさん。確かに、これまで国内の旅を始める以前からこの人は世界中で色々な物を見て、触れて来たのだ。そんな彼が数年経って、自分の何かを作りたいと思い始めるのはごく自然な事なのかも知れない。
その後、布を藍で染め、乾かして完成。ヒデさんが器用に入れた「hide」のサインもしっかり入っていて、納得の様子だった。
4日目、まずは「笛師の蘭情さん」を訪ねに東金市へ。
最近移られたという工房はまだ真新しさが残っている。中へ入ると、あちらこちらに笛の材料となる竹などが目につく。奥の方へ、まるで自分だけの基地のような場所に蘭情さんは笑顔で、どっしりと座っておられた。なんでも、現代音楽をやっている人の9割の笛は蘭情さんの手によって作られたものとの事。シェアで9割というと、もうそれ以上で思い浮かぶのは徳島のすだち(ほぼ100%と言われる)くらいなものではないか。食べ物と比較するのも変だけど、とにかくすごい事だ…。
笛と一言で言っても、笙(しょう)、篠笛、能管、竜笛など色々あるらしく、能や雅楽などで使う笛もまた違うとの事。「どうぞ、ひとつ手にとって吹いてみて下さい。」と言われ、ヒデさんが挑戦するもなかなか音が出せない。サックスなどでも音を出すのにコツのようなものが要るというのは何となく知ってはいたのだけど、手に収まるサイズの笛なのに、予想以上に難しいようだ。
「ダメだ、これ難しい!」
悔しそうにする彼だが、あぁ、これは音が出るまで続けるだろな…と彼の負けず嫌いの導火線についた火が目に見えるようだった。
そのしばし無言で挑戦し続けるヒデさんを見て、蘭情さんがにこやかに、「口を、アイウエオのイみたいにして吹いてみて下さい。」とアドバイス。すると…
「ふぃ…ふぃふぃぃ… ぴ… ピィーー!あ!出た!!」
おぉ!とまるで曲芸を観たかのような歓声が僕と牧と娘さんから漏れた。
音が出ただけでこれほど感動出来るのもおかしいかもしれないけれど、なんとなく良いシーンだった気がするのだ。
蘭情さんは26才で笛を吹き始められたらしいのだけど、いつの間にか独学で作り手の方にまわっていたという。
「私には師匠もいませんので、これまでを振り返ると、演奏家が理想とする笛というのを追いかけて来ましたから、演奏家が育ててくれたんですね。」
この言葉を聞いて、なぜ9割と言われる程の演奏家の方が蘭情さんの笛を欲しがるのかがわかった気がした。





