2000.10.05

シドニーオリンピック終了、そしてセリエA 開幕……

やっとセリエAが開幕して、自分の生活のリズムが安定し始めた。

Romaの開幕戦の相手は、BOLOGNA。あのPERUGIAで一緒にプレーをしていた、OLIVEが移籍したところ。試合前日には、TELをして久しぶりに話をした。元気そうで、次の日の試合には出る、とのことだった。

 

試合当日、朝起きてみると、毎年開幕戦は雨と決まっているのか? と思わされるかのようにこの日も雨が降っていた。お昼に近づくに連れて、その激しさはまし、去年のPERUGIAでのPARMA戦を思い出させられた。がしかし、それは突然止まった。お昼を過ぎてから、ドンドン陽が出てきて、最後には、雨が降っていたことなどすっかり忘れさせられるような良い天気になった。

 

スタジアムに出発する前、いつものようにミーティングが始まる。ふっとメンバー表を見ると、そこにはスターティングにはもちろんベンチ入りのメンバーの中にも俺の名前はなかった。イタリアでは(他のEUの国もそうだと思うが)、外国人(EU圏外)の試合登録を3人までという決まりがある。今のROMAでこれに該当するのは、バティストゥータ、サムエル、アッスンサオ、エメルソン、グレンコ、そして俺の計6人である。その他にも、カフーやアウダイールなどの EU圏外の選手はいるが、彼らは親戚筋(おじいちゃんとかおばあちゃんとか)にEU圏内の人がいるようでEU圏内のパスポートを収得しているのでEU圏内の選手として認められているのである。この日のスターティングメンバーには、バティストゥータとアッスンサオ、それにサムエルがいたのである。よって、俺の登録は不可能となったわけである。悔しいが、これが実力の厳しい世界なのである。

 

試合の方は、前半からBOLOGNAが良い形を作りRomaゴールを脅かす。OLIVEも中盤で相手を削り(得意だよな)、攻撃時には良いつなぎをしていた。しかし、前半が0-0で終わるかと思われた44分(くらい)、TOTTIのヘディングシュートが決まった。これが非常に大きかった。もし、この得点がなければ負けていたかもしれない、という試合展開だった。しかし、これで変わった。後半もBOLOGNAが中盤を支配したが、ゴールを脅かすにはいたらなかった。逆にオウンゴールをしてしまい決定的な2点目をRomaに与えることになってしまった。この得点によって、試合は決まった。2-0。試合内容はともかく、Romaは順調な滑り出しをしたといえると思う。次の試合は1週あいて、15日にアウェーでのLECCE戦。

 

この試合には、PERUGIA時代のエンポリ戦以来の客席からの観戦だった。しかし、今回はあの時とは状況がまったく違う。素直に言ってやっぱり悔しい。もちろん、オリンピックで1ヶ月いなかったこととかあったとは思うけど、それでもやっぱりグラウンドに立てないということは、選手としては一番辛いことである。ともかく、代表のアジアカップも辞退したし、今はこれだけに集中をして早く試合に出られるように頑張りたいと思う!!

 

~~~~~ ひと休み ~~~~~

 

 

話が前後してしまったが、2000シドニーオリンピックが終わった。

俺達日本チームは準々決勝のアメリカ戦に破れ、ベスト8という数字だけを残して去った。予選リーグ、2勝1敗。ブラジルと勝ち点が同じながら得失点差で2 位通過となった。この2勝1敗という数字は、4年前のアトランタと同じである。が、前回は得失点差で予選落ちした。これには多少なりとも感慨深いモノがあった。これが“運”というモノなのか……。これまで、U-17,U-20の両方の世界大会で予選を通過してベスト8まで入っている。逆に言うと、それ以上行っていない。そして、今回のU-23もまた……。なんとも言えない気持ちがした。

 

その最後の試合となったアメリカ戦。

予選が終わって、決勝トーナメント最初の相手がアメリカ、と決まって何人の人が厳しい試合になると思ったことだろうか?

オリンピックが終わってイタリアに帰ってきてから、何人のチーム関係者に「なんで“あの“アメリカに負けたんだ!!」と言われたことだろうか。この“あの”というのは、アメリカが弱い、サッカーで負けるわけがない、と当たり前のごとく思っている証拠である。ともかく、それくらいこのチーム関係者だけではなく、多くの人々が絶対に勝てる、と思ったはずだ。でも、これがサッカー。

 

アメリカは、非常にシンプルなサイド攻撃を徹底してやってきた。しつこいくらいに……。しかしそれは彼ら自身の特徴を良く捉えた、非常に考えられた戦術だった。サイドからのセンターリングは“これでもか”というくらい正確で、中で競る選手もまたヘディングが強かった。シンプルなだけに、じわじわと効果が出て来た。日本は、まるでボディーブローをくらい続けているかのようだった。いくらカウンターパンチをしてもなかなか決まらず、徐々に動きが止まる。俺自信は、PKを外したことよりもなによりも、この何度かあったカウンターパンチを決めきれなかったのが悔やまれる。確かに、PKを外したことは反省するべき事だが、このことに関してはあまり落ち込んではいない。それよりも、数あったチャンスを生かしきれなかったことの方が非常に悔やまれるし、反省すべきだと思う。もちろん、PKを外したことがどうでも良いわけではない。結果、これが日本の敗戦につながったわけだし……。

 

前回大会では、自分を海外に売り込むこと、そしてその時点での自分の世界でのレベルを確認することだった。言い換えると、“結果”は二の次だったのかもしれない。しかし、今回は“結果”を第一に考えて試合をした。当たり前なのかもしれないけど、4年の年月でこれだけ変わった。

 

今大会を通じて思ったことは、オリンピックは結局はU-23だということ。前回大会ではただ一生懸命やるのに必死だったけど、今大会はイタリアでやった経験からかやはり余裕があった。プレーというよりも気持ちの面で特に……。その中で思ったのが、オリンピックの試合よりもRomaでの練習の方が厳しいって事。オリンピックももちろん世界大会であるわけだから、非常にレベルが高い、はずなのだが、結局はU-23の世界大会である、ということを認識させられた。しかし、出来なかったことも沢山あった。その自分が出来なかったことを確認できたことが、今大会の一番の自分の収穫だと思う!! ともかく、嬉しい、楽しい経験、そしてちょっぴり苦い経験もしたが、すべてが良い経験になったと思う。いやっ、なったと思えるようにこの経験を今後に生かしていきたいと思う!! それが、オリンピックに出たなによりも大きな“証”になるだろう。最後になりましたが、みなさん、本当に応援有り難うございました!!

 

~~~~~ ふた休み ~~~~~

 

 

本当に遅くなっちゃったけど、オリンピックの感想は終わりね。みんなが結構PKを外して俺が落ち込んでいないか、とか心配してくれたけど全然大丈夫です。ご心配有り難う。そしてごめんなさい。でも、そんなに落ち込んでいる暇はないし、それよりもやらなければならないことが沢山見付かったから嬉しいよ。Romaでも、また新しい1年が始まったし、今年は去年以上にしっかりやらないと本当に厳しいからね。いろいろとあるけど、一歩一歩ゆっくりでもしっかりとやっていきたいと思います!!

 

じゃあ、まず肩慣らしに軽くクローゼットの衣替えでもするか(笑)。Romaもだいぶ寒くなってきたからね。皆さんはしましたか? じゃあ、またね!!