2008.07.16

「TAKE ACTION! 2008 !!」パート3

日本はどこから来るにしても遠く、欧州間の移動とは比較にならない、南米から来る人にとっては24時間以上の移動になることもある。今回、俺は、選手みんなにできるだけリクエストに答えられるようにフライトを用意するようにした。さらには、通常であれば選手本人プラス1人の合計2人までしか費用を出さないところを、バカンスを返上して来日してもらえるのだから、家族で来たい人には、全員分のチケットを用意するようにした。Hotelに関しても、都内最高級のホスピタリティとセキュリティも確保されているホテルを準備。外国人選手も日本人選手にも、出来るだけ最上級のおもてなしが出来るように気を配った。こういった選手回りの費用は実際想像以上にかかったが、そこをきちんとやったからこそ、バカンス真っ只中のあの時期に、あれだけの選手が世界中から集まってくれたんだと思う。

 

そして、テーマ(趣旨)に加えて選手がより積極的に参加したくなる“理由”を作ることが、この先に繋げるために実は大事だと思う。もちろん、その為の費用を得るのは非常に大変だが、これが出来ないことには継続してやり続けていくのは非常に難しいと思う。今回、7月12日にあったフランスでのエキシビジョンマッチで、俺の試合に出場してくれた何人かの選手に再会したが、みんな一様に、TAKE ACTION! の試合のオーガナイズの素晴らしさを褒めてくれて、日本のことを本当に気に入ってくれていた。そしてそれを今回来れなかった多くの選手にも話してくれていた。また是非とも来たいと言ってくれていたことなど、非常にありがたかった。

 

さて、ここで今回の試合の“意義”を考えてみたい。今回の試合をやることに至った最大の理由は、“サッカーを通して人々に何か伝えること”だった。だから、この“何”を“どこ”で伝えるかが非常に大事だった。まず“どこ”でと言う点では、2008年5月に(これを考えていたのは2007年の夏)横浜でTICAD (協)(アフリカ開発会議)、さらには7月にはG8 サミットが北海道で行われることになっていたので、国内からも世界からも注目が注がれるこの“日本”でやるのが良いと思った。もちろん、それが無くても出来るだけ日本でやりたいとは思っていたが……。

 

そして“何”をと言う点では、やはり自分が旅をしてきて、自分の目で見て、感じてきた事をそのまま素直に伝えるのが良いと思った。それは、昨今どこでもよく話し合われている環境問題を含め、貧困問題、紛争問題、エネルギー問題などなど、さまざまな問題が世界中にあるが、その一つ一つは、それぞれが独立した問題ではなく、密接した問題であるということ。そして、世界中の国も人も遠いようで実は近く、みんながそれぞれに関係性があるということ。だからこそ、自分の生活環境を良くしたいと思ったら、周りの人の生活環境も良くしていかなければならない。逆に周りの生活環境が良くならなければ、自分の生活環境も良くならない。それを理解した上で、ともかくより多くの人が無関心を装わず、あきらめずに、“何か1つでもいいから、行動していくことが大事”だと伝えたいと思った(実際にはこの結論に行き着くまでに数ヶ月要したが……苦笑)。

 

こうして、みんなに伝えたいメッセージは決まった。では、今度はそれを“どう”伝えていくか、を考えないといけない。だから“サッカーの力”を使うのが1番だと思った。逆に自分が出来るのはそれしかないとも思った。誰もが見たい、参加したいと思えるような試合を組み、それを取り上げてくれるメディアの力を使ってより広く伝えて行くことが最良だと思った。誰もが見たい試合とは?2つの世界選抜のチームの試合?アジアチーム対世界選抜?アフリカチーム対世界選抜?などなど、いろんなことを考えたが、最終的には日本選抜対世界選抜が良いだろうと決定した。その理由は、先ほど出たように海外の選手を実際に44人集めるのは非常に難しいこと。俺自身がこれまで一緒にやったあの時代の日本の選手仲間とまた一緒にやりたかったことなどいくつかの理由からだった。

 

さて、今度はそれぞれのチームの選手をどう選ぶか。試合の時期としては、ヨーロッパのシーズンが終わる5月の末が1番良いと思った。というのも、その時期は長いシーズンを終えた選手達がバカンスに出る前で、一番多く選手が集まるし、今年は Euro 2008やWC予選があって、それに出る選手は基本的にこの試合には出られないが、WC予選がある選手達に関して言えば、上手く時期をずらせれば出られるかもしれない、と言う話もあったからだ。一方、日本の選手に関して言えば、その時期は代表の選手はもちろんキリンカップやワールドカップの予選があって現実的にまったく不可能だし、Jリーグの選手に関しても、その時期は試合が入っていて無理なので、やはり96年のアトランタ五輪や98年のフランスWCで一緒にやっていた選手で現役を退いた選手を呼びたいと思った。

 

そうすると、何よりも先にまずは試合の日程を決めなければならない。自分で好きな日を決められたらいいのだが、日本でサッカーの試合をやるので、まずはサッカー協会に話をしに行った。俺は、てっきり全く問題なく、すぐに了承してくれるものかと簡単に考えていたが、予想に反して最初の返答は断固として“NO”だった。それには理由があって、以前にこういった試合が日本で行われた時に、海外から予定していた選手が集まらずファンにも興行としても非常に厳しい結果だった。そのカバーを日本サッカー協会がとらなければいけなくなったということがあったとのこと……。それ以降、こういった世界選抜的な親善試合はサッカー協会としては承認していないとのことだった。でも、もちろんこれで諦める俺じゃない。選手の招聘に関しては絶対に協会に迷惑を掛けないことを約束し、さらには他にも協会が懸念することを箇条書きにしてもらい、上からすべてつぶしていった。そうして、何度かのミーティングを経て、どうにか6月7日というピンポイントの日を条件として“OK”がもらえた。正直言って、6月にはいるこの日に海外の選手招聘は、非常に厳しい。日本の選手も同様だ。でも、ともかくその日程候補しかないのだから、実行するために動き出した。

 

日本の選手に関しては、自分で連絡先を知っている選手には自分で連絡を取り、そうじゃない選手に関しても、選手達の所属事務所に正面から、出場に関してお願いしていく。海外の選手に関しては、自分が直接知っている選手にはもちろん直接連絡し、俺の代理人をやってもらっていた Givanni Branchiniやその他友達などを通じていろんな選手にコンタクトを取ってもらっていった。しかし、先ほども言ったが、こういった試合に出るかどうかの返事が来るのは、試合の早くても1ヶ月から2週間前。さらには数日前にキャンセル、当日に飛行機に乗っていない、なんてこともたまにある。だから、海外の選手に関しては、ギリギリまで辛抱強く待たなければならないことはわかっていた。ただ、それでもどうにか集められる、と言う自信はあったが……。しかし今回は、予想外に日本人選手の招聘も思ったよりも手こずった。声をかけていた頃はやっぱりまだスポンサーも決まっておらず、海外の選手も具体的に決まっていない中で、初めての試みだったこともあり(今振り返れば当たり前のことなのだが)、基本的にはOKしてくれても、最終決定までには結構時間がかかることが多く、選手集めは試合の1週間くらい前まで何ヶ月もかけて辛抱強く行っていった。

次に、どこのスタジアムで試合をやろうか、と考えた。やっぱりやるとしたら、横浜の日産スタジアム、東京の国立競技場、埼玉の埼玉スタジアムのいずれかだろうと考えた……。埼玉スタジアムには以前に練習などでも協力してもらっていたので、第一候補に考えたが、日程的にも厳しかったし、来年が横浜開港150周年記念ということもあって、横浜市自体が今回のイベントの協力をしてくれることになり、その中で日産スタジアムの協力も得られることになり、最終的には横浜の日産スタジアムに決定した。