2007.02.19

仲間、そして世界。

さてさて、前回のmailの感想はどうだった?俺としては結構お気に入りの場所を身を削る思いで沢山出したつもりなんだけど・・。えっ?なかなかそんなところに行かないから、意味無いって?う~~ん、それを言われると…。苦笑。でも、やっぱりこうやって旅先で見つけた良いレストランとかShop情報って誰かと共有したいと思わない?俺も逆にみんなからのお薦めも聞いてみたりしたいし・・。まあこれに懲りず、あまり使えないかもしれないけど、俺が良かったなあと思った情報は載せていくよ!!はっはっは…。それじゃあ、今回は前回言った通り俺の誕生日のことから…。

 

俺の誕生日は、前回のmailでも言ったようにParisで過ごしたんだ。もともとはその頃はアジアを旅している予定だったんだけど、ブラジルに一緒に行った友人たち(可哀想だけど可笑しい話、ブラジルに来る予定だったうちの1人は、ブラジルの入国にVisaが要ることを知らずに、なんとブラジルに入れず、結局お隣のアルゼンチンで1人で年末年始を過ごしたんだよね~)が、俺の誕生日をParisでお祝いしてくれると言ってくれてね。ヨーロッパに住む多くの友達も30歳の誕生日は是非祝いたいと言ってくれていた。だからParisで誕生日を迎えることにしたんだ。

 

誕生日当日、1月22日の夜。昔からの友人のレストランが、本来は休みだったのを俺のパーティーの為に開けてくれて、そこに本当に親しい友達(友達と言うよりも仲間)が20数名、集まってくれての身内だけのディナー。近いところではイタリア、イギリス、フランス、スイス、遠いところでは中国、インドネシア、そして日本。本当にみんな超多忙な人ばかりなのに、世界中からこの日のためだけに集まってくれた。みんなが集まったのはだいたい21時半から 22時。みんな仕事を終えて飛行機に乗ったり電車で集まってきたから結構遅くからの開始になった。

 

食事の方はもちろんお任せ!!このレストランは俺がParisに来たときには、自宅のようにいつも食べに来ている所だから、俺の好き嫌いもすべて知ってくれているし、何を食べてもとにかく本当に美味しい。1つの大きなテーブルを囲みながらの食事。シャンパンやワイン、酒などみんな好き勝手に飲んでいた。もともとみんな俺の友達と言うだけで、お互いを知らない同士だから、それぞれがうち解けてくれるか心配だったけど、、そんな俺の心配をよそに、とにかくみんな楽しんでいた。俺は、こうやってみんなが忙しい中、自分のために集まってくれたのも凄く嬉しかったけど、それよりも何よりも、言葉も文化も肌の色も違う、自分の大好きな人達がこうやって楽しそうにしているのを見ることの方が何倍も嬉しかった。

 

この日、この場に集まった人たちは、ある意味、俺の30年という人生の集大成だと思う。もちろん、ここに集まった人が全てというわけではないけれど、現時点の“俺”という人間を構成するのに、大きく関わってくれている人たちであることは間違いない。そして、俺はこれらの人たちと出会い、深く関わっていることを本当に幸せに思ったし、これからも長い付き合いをしていきたいと思った。

 

食事会は本当に盛り上がり、当の俺は中国から来た友達にがんがん飲ませられ(苦笑)半ば酔っぱらいながらイギリスから来た友達が持ってきた日本のシュークリーム“ビアード・パパ”を食べた。さらにはこのお店のオーナーがピエール・エルメで作ってもらった俺の大好物“イチゴのショートケーキ”にロウソクを立てて持ってきたので、それもたらいあげる。途中からは何が何だか分からなくなりながら食べまくる。そして、午前1時過ぎにお開きに。と思いきや、 2次会に突入!!行った先は、Parisと言えば!!のHotel Ritz!!

 

Hotel Ritzにある“Hemingway”というBarへ。このBarは、非常に雰囲気があり、カクテルも美味しいのでParisのお気に入りのBarの1 つ!!中に入ってビックリ。中にいたほとんどの人が知り合いや友達だった。俺たちのグループはみんなかなり良い気分になっていたのもあって、そのBarにいた人たち(知っている人もも知らない人も(迷惑~))みんなを巻き込んで盛り上がる。なんと、中にはジョン・レノンとオノ・ヨーコの息子、ショーン・レノンも。シャンパンを飲みながら彼の引くピアノに耳を傾ける。そして、ひとしきり盛り上がり、2時過ぎにBarが閉まるとともにHotelへ戻った。帰り際には、さすがにちょっと酔いすぎて全員にはきちんと挨拶が出来なかった。というか、みんな酔っぱらいだったからね~(笑)。でも、逆に言うとここまでみんなが酔っぱらったのは見たことがなかった。それだけ楽しめた、と言うことだと良いけど・・・。

 

翌日、お礼をかねてみんなに電話した。朝の6時に電車で戻っていった人、7時過ぎに飛行機で自分の国に戻っていった人などなど・・(信じられない)。でも、みんな口々に“楽しかった”と言ってくれた。どんな高価なプレゼントよりも、その一言が俺には何よりのプレゼントだった。生まれて30年経った今、本当につくづく思う、“お金でもなく、モノでもなく、本当に信頼しあえる“人”が何よりも大切だ”と…。そして、この先こういった“仲間”をどれだけ作ることが出来るか、と言うことが俺の人生において一番の目標(課題)になると思う。

 

とまあ、こんな感じで飲んで食べて楽しく過ごした三十路の誕生日でした。これまでの誕生日の中で1番盛り上がったと思うし、1番楽しかったなあ!!

 

さて突然話は変わるけども、本当に最近の世の中は旅行をしにくくなったと思う。中でも、1番面倒だと感じるのは手荷物検査。ベルトを取らされるのはもちろんのこと、靴を脱げと言われることも多々。カバンを荒らされることもしょっちゅう。しかも、何で空港の職員はああ無愛想で偉そうな人が多いんだろう?まるでこちらが犯罪者か何かのように命令口調で言ってくる人が多い。ニコリともせずに・・。確かに、テロがあったりして安全の為にチェックを強化しなければならない、というのは分かる。だけども、それが旅行者を不快にしていいということにはつながらないと思う。チェックを強化したければ、それなりの設備と態度を取るべきだと思う。もちろん中には、丁寧に対応してくれる人もいる。が、それがあまりにも“稀”。俺はほぼ毎日、通勤するかのように空港に行く。が、そういった丁寧な対応をしてくれる人があまりにも稀で、そんな人に会うだけでその日1日が嬉しくなるほど。これはどうにかならないモノだろうか・・。

 

現在アメリカでは、ただトランジット(飛行機乗り換え)をするだけで、1度預けた荷物(チェックインした荷物)を取り出して、もう1度チェックインし直さなければならない。何のためか全く分からないし、本当に信じられない。俺は、年末にカリブのSt.Maartenという島からアメリカの Miami経由でブラジルのSao Paoloに行った。その時、すべてAmerican Airlineで行ったのにもかかわらず、St.Maartenからの出発が遅れ、さらにはMiamiでチェックインした荷物を取り出し税関で止められ、乗り継ぎの飛行機に乗れなかった。もちろん、American Airlineの乗り継ぎカウンターはないどころか、関係者も知らんぷり。たまたま、2時間後にSao Paolo行きの飛行機があったから良かったが、それがなかったら俺は大晦日は飛行機で過ごしていた。英語が分からなかったらどこに行ったらいいかさえ分からなかったし、途方に暮れるところだった。NYは相変わらず大好きな街だけど、アメリカには用がない限り極力行きたくないと思ったし、American Airlineは乗りたくないAirline No.1になった。

 

あと、今出来るだけ避けたい空港はイギリスかな。Londonも大好きな街だし、ついこの間も俺の元トレーナーのタカに会いにManchesterに行ってきた。だけども、このイギリスのパスポートコントロールは本当に最悪。

 

Q:どこから来た?   A:…から。

 

Q:何しに来た?    A:観光のため。or 友達に会いに。

 

Q:友達は誰だ?何をしている?どこに泊まる?etc・・・

 

とまあ、こんなやりとりが続くんだけど、最初の“どこから来た?”はまあいいとしても、次の“何しに来た?”ってどうなの?!目的が無ければ旅行をしてはいけないのだろうか?“友達は誰だ?”って、お前は俺の友達を知っているのか!!それに、関係ないじゃないか!!と、言いたくなる(苦笑)。しかも、これらの質問をニコリともせずに言う人がほとんど。さっきの手荷物検査じゃないが、まるでこっちが犯罪者と思っているかのような質問の仕方。本当に毎回腹が立つ。

 

ここにあげたのは代表的な例だけども、いろんな国で本当にいろんな事がある。旅をすることは悪いことなのだろうか?そんなに、他の国に行くことは危険なのだろうか?確かに、9/11などの飛行機テロがあって安全強化をしなければならないことは分かる。しかし、それが相手を尊重しなくて良いということにはならないと思う。旅行をすることは、本来は文化の交流であり、人間の交流につながることだと思う。国はあれど、国境はない。そんな世の中になることを願う!!

 

そして、また今日も文句を言いながらも俺の旅は続く・・・・。