2011.07.14
群馬日記 前編
旅が久々に始まった。
岐阜、愛知、長野ときて群馬。
何か、沢山通り越している気もするのだけど…あ、けど確か以前ヒデさんが一筆書きでまわれるような順番で、と言っていたのを思い出した。地図を見てみると、確かに群馬と群馬は繋がっている。
群馬を色々調べてみると、意外というと失礼だけど、面白い。藤原京のある木簡によると以前は「車」という一文字でこの土地は呼ばれていたらしいのだけど、「車(くるま)」が「群馬」となったらしい…強引な気もするけど…。
あとは、女性の運転免許保有数が日本一だとか・・これを調べた所で何になるのかわからないのだけど、なんか面白い。
東京から最初の訪問地である館林市までは僅か80キロちょっと。
アッと言う間に高速を降りて下道を走る。ディレクターの牧が助手席にいて、ヒデさんがパソコンを打つ音がカタカタと後ろから聞こえて来る。
「あぁ、また旅が始まったなぁ」
と実感する。
ちなみにヒデさんは震災後にチャリティマッチが重なっていたせいか、以前よりも頬もこけて、どこか精悍な印象だ。現役を退いても全くそれを感じさせないくらいにいつも体のケアはしているのだろうけど、まるで本当の現役選手のような締まり方をしている。対照的に牧は以前よりも少しふくよかな印象だ。
まずは龍神酒造さんを訪問。
この時期はもう造りはやっていないので、蔵には人もいなければあの独特の香りもしないのだけど、ヒデさんは必ず蔵も見て、説明をお願いする。
最近ではご案内頂く蔵の方も、もう100は超えたか超えてないかという数の蔵を回っている彼の知識に驚かれる事が多い。ヒデさんは性格上、これと決めた分野に関しては妥協なく極めたいのだろうなと思う。そういう彼のストイックな面は、「変だなぁ…」と思う事もあるけども、「すごいなぁ…」と思う事は半分以上ある。
やはりと言ってはなんなのだけど、、震災の話題になる。関東である群馬の蔵としては、とにかく計画停電とのやりくりが大変だったとの事で、いつもより早い3時頃から仕込みをされたりして対応したとの事だった。
早く、色々な事が普通に戻るといいのにな、と漠然と思う…。
それから太田市の島岡酒造さんへ。
移動中、飲み屋街なのか、個性的なネーミングのお店の看板が目に飛び込んで来る。牧が楽しそうにそれらを読み上げる。どれも微妙なネーミングではあるのだけど、群馬人の明るさというか、そういう性格の一辺を見た気がした。
こちらは若水という地元のお米を使用されているらしいのだけど、東のお米にしては柔らかいらしく、杜氏泣かせなのだそうだ。
少し用があって車に戻ったのだけど、その時温度計は37度を表示していた…。
とんでもなく暑かった。
そこから次は前橋市を縦断して渋川市へ。
途中、もの凄い豪雨に見舞われる。車をバチバチ叩く雨の音がどこかの民族楽器になんとなく似ている気がして気持ち良い。窓を少し開けて手を出すと涼しい。太田市で37度だった気温は24度にまで下がっていた。
群馬県はこんにゃく芋の生産量日本一との事で、中でもこの渋川市は最大の産地の一つらしく、ここで名人と呼ばれている「生方農園の生方さん」を訪ねた。
大雨は止まない。建物と建物に挟まれた細い坂道を川のように水が流れている。そこをヒョイッと二歩ほどで飛んで渡るヒデさん。僕と牧は早々にトライする事を諦めてスニーカーをビショビショに濡らした。
鉢巻きのように頭にタオルを巻いた生方さん。もうこんにゃくを作られて24年になるとの事。
「農家ですから、経営を安定させる為にこんにゃく作りを始めました。」
当たり前の事なのかもしれないけど、重い言葉だなぁと感じた。
そんな生方さんの仕事に対する接し方は、「基本は手を抜かない事。それに尽きます。」とのこと。
試食で出して頂いた冷やし中華スープをかけた“しらたき”に興奮するヒデさん。
「これは友達に贈ると喜ぶよ!」
確かに絶品だった。
その日は、日没間際に「赤城神社」へ行って終了。
翌日は4時半起きで「一之宮貫前神社」へ。
旅以外では早起きをする事がないのだけど、早起きはやっぱり気持ちがいい。
早朝の神社やお寺にはその時間にしかない独特の空気があって、それは本当に特別だと思う。
車を停めて、結構な階段を上がる。早朝でなければ汗だくだったな…とホッとする。
境内は、階段を上がったかと思うと、また同じくらい階段を下る。とても珍しい構造だ。
いつも通り本殿に向かって手を合わせてお辞儀をした後、「あの、お願い事ってどのタイミングでするんですか?」と宮司さんに聞くヒデさん。
細かっ!と唖然とさせられたのだけど、確かにいつすればいいのだろう。
「特には決まってませんので、よきタイミングで。」
と笑顔で教えてくれた宮司さんだった。
それから僕らは富岡市の「富岡製糸場」を訪問。
元々養蚕の盛んだったこの土地に、明治政府がフランスから繰糸機や蒸気機関等を輸入し、日本初の器械製糸工場を設置したのだった。
群馬と言えば「カカァ天下」が有名だけど、当時としては働く女性が多かったためで、由来はここにあるらしい。
今は使われていないのだけど、古い学校の校舎のような、どこか懐かしい雰囲気の施設を案内して頂く。
繰糸場へ行くと、南側の窓がとても大きい事に気付く。聞けば、昔電気がなかった頃、室内を明るくする為の工夫でこうなっているらしい。今しか知らない僕などからすると、昔のものには善く生きる為の沢山のヒントが隠されているように思えた。
そこから桐生市へ移動し、豚の畜産や食品加工業の「梨株式会社フリーデン 梨木牧場」へ。
実は群馬は豚の産地。全くそういうイメージがないので、ヒデさんももったいないな…と呟く。
車で敷地に入る際も除菌、靴も指定のものに履き替える。菌に対する万全の対策が施されている。
「良い豚とはどういうのですか?」と訊くヒデさん。担当して頂いた築館さんが答える。
「甘味のある豚ですかね。サシが多い程甘味がある。ヒレより断然ロースです。」
僕は漠然と、値段の高いヒレの方が「良い」肉なのだと思っていたのだけど、それは単にヒレの方が量が少ないから高いだけとの事。
そして試食タイム。丁度お昼時という事もあって、試食とは言えない程にガッツリ食べさせて頂いた僕らだった。



