2011.09.27

新潟日記 後編

鼓動の研修所を出て、次は陶芸家の伊藤赤水さんを訪問。
この方、人間国宝という事で気の小さい僕は少し緊張気味。海を臨む高台にある伊藤さんの作品展示館にてお話を伺ったのだけど、70才にもなろうかという印象の伊藤さんからは、話が進むに連れて若々しさがビシビシと伝わって来た。佐渡の風土、歴史をすごく大切にされているのが話から伝わる。
「作り手には独自性が重要ですが、地方に住んでいるならその特色を出さなければいけません。その土地の歴史を知って、材料を使う。」

 

伊藤さんは“練り上げ”という特殊な技法を使って作陶されるのだけど、ヒデさんも初めて見るようで興味が尽きない様子。その練り上げについての話の中で伊藤さんが言う。
「技術って面白いんです。1つやるとその中に失敗があってまた学ぶ、だから1つ出来るようになるとそこから違うアイデアや可能性が生まれるんです。」
1つ知ると、またそれに繋がる事を知りたくなる。こういう知の連鎖をこの旅を通して幾度となく実感して来たのだけど、伊藤さんが言うのを聞いて、心強く感じた。

 

 

それから北雪酒造さんへ寄ってからこの日は終了。
6日目は早朝から佐渡を出る為に3時半起きで港へ。まだ真っ暗で、夜の海に浮かぶ星が本当にきれいだった。「この島からの、明け方の海は見れないんですね…」と助手席の大島ディレクターが珍しく情緒ある言葉を呟く。

 

この日は朝から朝日酒造さん、八海醸造さんと続けて酒造をまわり、午後から友禅作家の滝沢晃さんを訪問。数人の職人さんがそれぞれの行程作業を静かに行われている。
ヒデさんはこの糸目友禅の行程のひとつ、「糸目置き」にも挑戦。白生地に描いた下絵のデザインに沿って、糊を出来るだけ細くのせて行く。指の力の入れ具合で、線が細くなったり太くなったりするようで、かなりの集中力を必要とする作業のようだ。

 

横から見ていて、なかなか上手な気がする。すると滝沢さん、「ほうほう…初めてでここまで出来る人はそうはいませんよ。」との事。なんとなく自分にだって出来る気がして僕も挑戦したのだけど、糊を同じ太さに出す事すらままならず。すると横からヒデさんが、「集中力がないな。」と一言。完全に忘れていた小学校の通知表にあった先生の言葉をこの年でも、と少しショックだった。
最後に青木酒造さんに行って終了。

 

 

最終日、まずは「笠原農園」の笠原勝彦さんを訪問。笠原農園では、農薬はほとんど使わず、化学肥料の使用はゼロでお米作りをされているのだけど、特に土作りに力を入れられている。
「2年くらい田んぼを休ませると土が生き返る。それは自然の雨や川の水の養分だけで微生物がまた増えるからです。その土のチカラでお米を実らせる事を心掛けてます。」今年のお米はどうですか、というヒデさんの質問にも、「近年は高温障害で透明感のない白いお米になってましたが、今年はとても良い方だと思います。」という明るい答えが返ってきた。

 

 

田んぼでの作業の後は、笠原さんのご自宅の前で釜炊きの炊きたて御飯を食べさせて頂いたのだけど、お米1粒1粒の味がハッキリとしていて本当に美味しかった。最高の天気というのもあって、外での食事が本当に気持ちよかった。

 

 

そして新潟最後の訪問先は小倉タンス店さん。こちらは加茂桐箪笥の元祖との事で、この地域の全国シェアは70%以上にも及ぶらしい。
九代目の小倉健一さんにお話を伺う。桐箪笥と言えば着物のイメージがあります、とヒデさん。
「桐は変形しづらい上に、湿気を吸収しますから、やはりお着物などの収納には最適ですね。」
金具のついたタンスにやけに惹かれているヒデさんが、「こういう金具がついてると、なんか、和風モダンな感じが出てすごく良いですね?」と言うと、「最近では御注文の時に金具をつけてくれと言われる事が本当に多いんです。時代が求めてるんでしょうか。」と小倉さん。

 

 

工場では、職人さんが金槌と鉋(かんな)を使って作業をしていた。金槌を叩く音は激しくてビクッとしてしまう程だけど、彼らの動きの無駄のなさは美しくもある。少しだけ話を聞かせて頂いた。「昔に比べて生活様式(住環境)も変わり、和室がないからね。」と寂しそうに笑われる。2年ほど前からは、嫁入り3点セットの注文も減って来ているという。

 

鉋削りにヒデさんも挑戦。職人さんの手によって削られた木はティッシュのような薄さだ。シャーッシャーッシャーッとテンポよく削っていた職人さんだけど、器用なヒデさんでもひと削りにゆっくり時間をかけて数回に1回やっときれいに削れる程度。
「鉋は本当に難しいんです。若い職人にも、一生修行だよって言いますから。」
一生をかけて学ぶもの…。以前どこかの木工所でも、休みの日に若い職人さんが鉋の刃を研ぎに来ていたのを思い出した。職人さんの鉋に対する思いを聞いて、職業に誇りを持つという事が漠然と頭に浮かんだ。果たして、自分にとってこの“鉋”に相当するものは何だろうかと考えさせられた。

 

 

新潟からは、広大な田んぼを除き、京都のように目に見えるような形で昔ながらの文化が沢山残っている、という印象はあまり受けなかった。だけど、宿の食事の美味しさ、農家さんで食べさせて頂いたお米などの食事の美味しさ、地酒の味に対する各酒造さんの一体感、そして受け入れて下さる方々の優しさと温かさはとても印象に残っている。“日本”を感じる、という意味では、京都よりも新潟なのかもしれないとさえ思えた。

次は、埼玉へと向かう。

■Staff Profile
日本全国47都道府県の旅で、現場マネージャー兼、カメラマン兼、ドライバーを担当。
10代でサッカーをするために単身ブラジルへ渡った経歴の持ち主で、
ポルトガル語・英語・フランス語を話す。