2011.11.29
埼玉日記 中編
3日目、朝は4時起きで神亀酒造さんへ。5時半に到着すると、すでに蔵の仕事は始まっていた。一通り蔵を見せて頂き、小川原専務のお話を伺いながら、利き酒をさせて頂く。
「蔵元さんとしては、お酒をどう飲んで欲しいというのはありますか?」とヒデさんが訊く。
「そうですね、お酒を飲んで、食べたい料理を想像してくれたらいいですね。ワインとは違って、日本酒は料理の隠れた味を引き出してくれますから。」
これを聞いて僕は、なんて謙虚なんだろうと思うと同時に、造り手のこういう気持ちが、日本の繊細な食文化を支えてきたように思えた。
次に武蔵一宮氷川神社に寄ってから、伊奈町の盆栽作家 木村正彦さんを訪問。
盆栽園に入ると、様々な姿の盆栽があちらこちらに並べられている。どれからも個性を感じる事が出来る。そのせいで、自分のお気に入りのものに無意識に心を掴まれて、その前に立ち尽くしてしまう。大袈裟な表現でなく、それほどに強烈なものを木村さんの盆栽からは感じてしまった。
元々、床の間に置く事から始まったという事で、サイズはどれも1m以内だという。その1mサイズの中に、世界観がはっきりと見てとれる。
元々は中国から入って来た盆栽だけど、その後は日本で発達したという。その証拠に、盆栽は世界中で「BONSAI」と言われているらしい。
木村さんは早くにお父さんを亡くされていて、お母さんの「生きるには手に職がないといけない。あんたは手先が器用でしょう。」という勧めで盆栽作家を志されたという。
ヒデさんが、盆栽に於いて大切な事はなんですか?と訊く。
「造形も大切ですが、長く生かす事です。生き物ですから。」
やはり、作り手の思いが作品には表れる、だから僕は木村さんの盆栽から、生き物にみる個性のようなものを感じたのだと思う。そんな木村さんが、少し悩んだように話される。
「日本で盆栽は、老人の趣味だと思われています。けど外国では、若い人達がこれで楽しんでいるんですね。」
確かに、長い年月をかけて作られる盆栽は、フードやファッション等に見るファスト文化が主流になりつつある現代日本の若者にはマッチしないのかもしれない。ただ、そんな若者がその文化を取り入れたがる諸外国の若者が、実は盆栽で楽しんでいるというなんとも皮肉な結果となっている事には驚かされる。
ヒデさんも少しだけ剪定体験。「どこをどれだけ切っていいのか、全くわかりません…」と戸惑うヒデさんの姿で、盆栽の深さが少しだけわかった気がした。
それから飯能市へ移動。次の訪問先はガラス工芸作家の白幡明さん。
白幡さんの作品を見せて頂く。何というか、とにかく美しい。どれほど美しいかというと、触れる気さえも起こらないほどに美しい。光の角度で色々な表情を見せてくれるそんなものすごい作品が、白幡さんの作業机の上にポンポンポンと置いてあるのだけど、僕は近くで動く時にぶつからないかと怖くて怖くて仕方なかった。
白幡さんは平面研磨という、危険も伴うとても難しい技術を使われるそう。ヒデさんが、この仕事を始められた動機を訊ねる。
「ビー玉や、おはじきだね。昔から物作りが好きだったから、仕事も図画工作の延長ですよ。」
そう笑って話される白幡さんだけど、悩みや葛藤なくしてこれほどの作品は生まれない事は、この旅が嫌というほど学ばせてくれたのだ。
この日最後の訪問先は人形業界の第一人者と呼ばれる石川潤平さん。
石川さんの作品は、歴代のアメリカ大統領に贈られているとの事なのだけど、実際に見せて頂くと、良い意味で想像していたものとは違っていた。
その作品は、失礼を覚悟で言わせて頂くと、とにかく、かわいい…。
ダンディな口髭を生やした石川さんの手から、これほどにかわいらしい人形が作られているという事実に、僕はショックにも似た感覚を覚えた。
そんな石川さんがこの仕事で大切にしているのは、「とにかく基本をものにしていく事です。」との事。
「この仕事は下仕事8割、上げ仕事2割というくらいに、基本の部分が大事なんです。」
この基本という部分は、色々なお仕事にも通じるのだけど、本当に厄介だと思う。地味で、見過ごされ易く、けど、そこがしっかりしてなければ出来上がった物の質は格段に下がる。厄介だけど、避けては通れない部分なのだ。
そんな基本をものにしている人だからこそと思える言葉があった。
「昔のやり方、素材をそのまま使うのは伝統を継いでいるとは言えません。平成には平成の新しい道具がある。それらをどんどん使っていってもいいんです。」
古い物をただ現代や未来に引き継ぐ事が伝統継承ではなくて、古くからのものを“現代のやり方”で未来に継承していく事が本来の意味なのかもしれない。
4日目、この日は午後から一軒のみ。スローフードを伝える料理家のナンシー八須さんと、養鶏の自然卵や自然農法によるお米などの生産者である八須理明さんご夫婦を訪ねた。
八須さんのご自宅、外から見るとごく普通の古民家なのだけど、中に入ってみると、洋と和が絶妙に入り交じったとても魅力的な場所だった。日本家屋というと寒いイメージがあるのだけど、温かい。元々は土間だったと思われるタイル張りのダイニングキッチンには、なんと床暖房が入っている。
「自分で設置してみたんですけど、効率が悪くて…。」
という八須さんだけど、見るからに、なんでもご自分で出来てしまいそうな逞しさを感じる。
ヒデさんがナンシーさんと農業や食について英語で話している。英語が母国語でない人の英語はどちらかというと母国語とする人のそれより聞き取り易い場合が多いのだけど、ナンシーさんのような本物の英語はとてもヒアリングが難しい。けどヒデさんは完全に理解しているようで、隠れて勉強でもしているのだろうか…と詮索してしまう。その間、八須さんはキッチンで卵焼きの準備。見ているだけでお腹がなり始める。
出来上がった卵焼きと、御飯にお味噌汁を頂く。美味い。場の雰囲気も手伝って、止まらずパクパク食べてしまう。ディレクターの大島も、カメラをライターの川上さんに任せて食いに走っている…。テーブルの下では、かわいい犬が温かそうに丸まって寝ていた。







