2012.03.15
神奈川日記中編1
アナゴ漁を終えた僕らは、書道家の武田双雲さんを訪問。
武田さんは書道家であるお母さんに、3才の頃より書を教わっていたとの事。アトリエにある作品は、温和で柔らかい雰囲気の、武田さんのものとは思えないほどに力強い。
「書道は小手先でなく、腰で書く“スポーツ”です。」
そういう武田さんとヒデさんが、書道をスポーツに絡めた共通の話題で盛り上がる。ヒデさんが試し書きをして、その字を見た武田さんが性格分析を始める。
「うーん…とても誇り高いけど…、気を遣い過ぎる事にジレンマが…ある?」
おぉ、正解だ…と思っていると、「あぁ、そうかも…」とヒデさん。
字は人を表すとはまさにこの事かと思うと、僕のように字がヘタクソな人間は、やたらに人様の前で字も書けたものではない。
それから鎌倉市へ移動、漆芸家の三好かがりさんを訪問。
見せて頂いた三好さんの作品の印象は、どこか都会的。高層ビルの灯りを螺鈿(らでん)という技法で巧みに演出されていて、一度見入ってしまったヒデさんも数分間、色んな角度から自分なりの検証をしていた。
「モチーフはやっぱり自分が素敵だな、と思ったものです。」という三好さん、この後に続いた言葉が印象的だった。
「映像なんかも、最近はすごく良いと思ったのを心にしまっておくようにしています。本当は旅をしたりして、モチーフを探したいんですけど…。」
色々な物がものすごいスピードで消費される世の中で、三好さんの場合はモチーフというものを探す行為がある種のフィルターとなっているのかもしれない。それがなければ、自分自身も世の流れに飲み込まれてしまう気がする。
もうひとつの言葉からは、優しい雰囲気の中にある、作家としての一面を垣間見る事が出来た。
「私は素材にはこだわります。ある程度の制限が自由を生み出すんです。」
この場合、「自由」という言葉は「楽しさ」にも置き換える事が出来るのだと思う。旅で訪問する方々は、物事の楽しみ方をよく知っているなと感じた。
4日目、まずは早朝5時から鶴見区にある曹洞宗大本山総持寺へ。
気温は7℃と思ったよりは寒くない。こちらではヒデさんが坐禅体験。参禅講師の三村さんに色々とお話を伺う。
「手相、人相とありますが、坐相というのもあります。後ろ姿で色々わかります。」
姿勢の悪い僕は、きっと中身から正さねばならないのだろう、と気が遠くなりつつも少し反省していると、三村さんがヒデさんの坐相を見る。
「自分の中に、確固たる考え方がはっきりとあるようですね。」
という三村さんの問いかけに、ヒデさんが話す。
「自分でどうにかできる事についてはとことん考えますけども、どうにもならない事については考える事はしませんね。」
確かにこの人の判断の早さはサッカーに於いてのみならず、日常生活でも目を見張るものがある。それはきっと、そういう考え方の上に成り立っているのだろうと思う。
一般の方からは、「坐禅をしたらどうなるの?」と問われる事も多いらしいのだけど、それに対しては「何にもなりません。」と答えるという。ただ、今の人達にその答えはそぐわないらしく、補足して「自分は自分であろう、何があっても大丈夫な自分に気付こう。」と説かれる。
少し寒さを感じながらではあったけど、坐禅の雰囲気の中にいるだけで、とても心が洗われた気がした。
この日最後はガラス工芸作家の内田敏樹さんを訪問。
内田さんの、ウズラの卵くらいの作品を見せて頂く。ガラスの玉の中に、何か違う素材で作られた何かが入っている様で、けど全てはガラスで作られているという、何とも不思議な作品。その小ささから、とてもマニアックな作業が予想出来た。
実際に作業を見せて頂く。火を噴くバーナーの前に座り、左手にガラス玉が先についた棒を持ち、それを回しながら火にかける。熱で柔らかくなったガラス玉を、右手に持ったコテのような物で器用に形を作って行く。これを内田さんは、とても簡単そうにやってみせる。ヒデさんも挑戦したのだけど、「これね、右手と左手を同時に、うまくやるのが難しい!」とお手上げだった。
帰りの車内でのヒデさんの言葉が印象的だった。
「それにしても、すごい人って本当にいるもんだな!?」
この日は最後にポーラ美術館へ行ってから終了。
5日目、まずは朝から川西屋酒造店さんを訪問。
こちら、造りをやられている蔵人で、お酒を飲める方は1人しかいないとの事。まぁ、色々な酒蔵さんをまわってみて、杜氏でお酒が一滴も飲めない人は沢山いたのだけど、蔵全体で1人しかお酒が飲めないのには驚いた。
利き酒の時に、「燗のプロ」なる方が出てこられた。ヒデさんも燗の温度などに最近はうるさいので、燗のプロ、という響きに「お!」という感じで喜んだ。
プロ曰く、「燗はぐい呑みじゃなくて、平皿で飲む方がいい。」との事。
ヒデさんも少しお酒が入り、上機嫌に話し出す。
「やっぱり、燗にすると味も全く違って来ますね?」というヒデさんに、プロが言う。
「だから日本酒は、温めたりしてもっと遊んで欲しいんです。同じ酒でも、飲み方はひとつじゃないし、正解もひとつじゃないですから。」
ただ、そう語る「燗のプロ」が、この蔵で唯一人のお酒が飲める蔵人…じゃなかったのには少しおもしろかった…。
その後は熊沢酒造さんへ。
こちらで驚いたのは、戦時中からの防空壕がいまだに残っていて、中は年間を通しての気温の変化が±10℃程度らしく、今でもお酒の貯蔵場所に使われているとの事。
他にもこちらの蔵の敷地内に、とても素敵なレストランやベーカリーも併設されていて、小さなコミュニティのような雰囲気。利き酒をさせて頂いた場所は宴会も出来るような大きな個室で、そこの大きな窓を通して蔵の中が見える造りになっていた。お酒があって、食事も提供して、プライベートで来てみたいなと思える場所だった。
神奈川日記中編2へつづく





