2010.09.06

富山日記後編

それから僕らは氷見牛生産者である田中さんを訪問。
田中さんの経営される氷見牛専門レストラン「たなか」にて合流した後、まずは直営牛舎へ。
街の喧噪から外れた、なんとも静かな場所に牛舎はある。車を降りると牛がモーモーと鳴いている。田中さん曰く、ここの牛たちは湧き水で育てられ、車もほとんど通らない静かな環境で全くストレスを感じる事なく育っているという。

ヒデさんが田中さんの説明を聞いている間、僕はしばしこの牛たちをジーッと見ていた。みんなが僕ら訪問者に興味を持ち、柵の合間からニョキニョキと顔を出して来る。どこか、人懐っこい気がしてかわいらしい。
よく見ると、彼らの髪型がそれぞれ微妙に違う事に気付く。中にはちょっとお洒落にパーマをかけた感じの牛までいたりした。鼻筋の辺りを撫でてみたかったけど、怖くてやめておいた。

 

 

その後、田中さんの育てる氷見牛の堆肥でコシヒカリをつくっているという中谷さんを訪問。牛の堆肥を使う事により、土と稲が豊になる事で、お米にも甘さが出るらしい。

話が合鴨農法に及んだ時の事、多くの農家さんは刈り取りの後で手伝ってくれた人たちとその鴨を食すらしいのだけど、中谷さんは違うようだった。
「鴨はね、僕は食べられない。なんか情が移るというかね。田んぼに行くと、僕に気付いて餌貰えると思って寄って来るでしょう。それがかわいい。呼んでも来るし…食べられないです(笑)」
この話をする中谷さんの表情に、心が少し暖まった。

 

 

そこから今度は桝田酒造店へ。
こちら、石川で訪問した能登杜氏四天王のお一人、三盃さんがおられる酒造だ。
お店の奥に通して頂いてすぐ、僕は石川県の菊姫合資会社(酒造)を思い出した。あそこと同じように、社長の桝田さんが囲炉裏の火にかけた茶釜から僕らにお茶をいれて下さった。

桝田さん曰く、「杜氏の力量の差はチームをまとめる力ではないかと思うんです。三盃さんはそこに関しては突出していたんじゃないかな。」との事。
確かに三盃さんも酒造りに於いては「チームワーク」が一番大切なんだと、僕らにも話された事を思い出した。

この話を聞いた時に思った事がある。僕らは旅で誰かを訪問する際、その誰かの話を伺う事が出来るけど、他の方とその誰かについての話をする機会は少ない。僕は桝田さんの話を聞きながら、三盃さんという杜氏のまた別の側面を見たような気がした。個人的な意見になってしまうけど、三盃さんという人は具体的に細かく仕事を教える人ではない気がする。けど三盃さんが一番大切にしていた事、「チームワークの大切さ」を桝田さんもしっかりわかっておられた事が、とても強く印象に残っている。

 

 

その後は越中瀬戸焼の庄楽窯を訪問。
娘の釋永陽さんは年齢も僕らと同じくらいの方で、ご家族含め、なんというか、良い意味でとても柔らかい雰囲気の方達だった。釋永陽さんの作品は、どこかしら「今」を感じさせるものが多い気がする。

会話が始まると、なぜか釋永さんがヒデさんに質問している。
「こうして旅されていて、毎日楽しいですか?」の問いには、「楽しいですよ。僕は楽しい事しかやりません。」と即答するヒデさん。
まぁ普通はそうしたくてもなかなか実現するのは難しかったりするのだろうけども…。
「何年後にはこうして、というような計画とかはないんですか?」との問いには、「ないです。人生何が起こるかわかりませんから、今日、明日どうするかしか考えません。」
釋永さんが少し驚いたような、何か珍しい物でも見たかのような表情をしていたのが印象的だった。

 

 

お話の間中、足下で元気な犬がウロウロしていたのだけど、久々にゆっくりと犬に触れていた気がした。ご家族も交えての話が盛り上がり、予定を少しだけオーバーしていた。
犬も僕らが帰る頃には疲れて寝てしまっていたくらいに…。

 

 

最終日、まずは高岡市にある老子製作所を訪問。こちら、あのお寺にある梵鐘(ぼんしょう)や仏像、銅像などを作られているところ。高岡市には同じような会社が300ほどあるとの事なのだけど、全国にある寺院の80%の梵鐘がこちらで作られたものとの事だ。

ご案内頂いた元井さんのお話が興味深い。
梵鐘は元々中国から来たものらしいのだけど、日本のお寺からは撞いた時の音の余韻に「うねり」が欲しいという要望があったという。うねりの表現としては、余韻を波打たせる、というのがわかり易いだろうか。ちなみに中国の鐘にはそのうねりはないらしい。
そしてその余韻にも、如何にも日本らしい色々な思いが込められているらしく、例えば、余韻が波打つように、「人生は平坦ではない」などがその一例だ。

 

 

それから井波彫刻の野村清宝さんとなみ野農業協同組合稲種センターを続けて訪ねた。
そして富山県最後の訪問地は、五箇山合掌造り集落。ここは世界遺産にも登録されているのだけど、最初の感想は「ここはいつの時代??」というものだった。
この地域はかなりの豪雪地帯という事で、屋根が大きくて傾斜の急な合掌造りの家屋が生まれたらしいのだけど、とにかくこの集落の雰囲気が良い。

 

 

こちらでは民宿「庄七」にお邪魔した。
主人の池端さんに歴史などについてご案内頂いた後、お座敷の囲炉裏を囲んで二人の“おばちゃん”の話を聞く事に。
面白い事に、ヒデさんとこのお二人の話が合う。
「ここに住みたいといって来る人も多いんじゃないですか?」
とヒデさんが聞いた時、お二人の目がほんの少しだけ伏せがちになったのに気がついた。
「実際にそういう人はよくいらっしゃいますが、ここに住むのは結構大変なんです。草刈りや雪囲い(屋根の積雪対策)、行事も沢山ありますが、それをボランティアで住人全員参加しなければいけません。ここに住むには、それなりの覚悟が要るんです。」

自分のテリトリーだけをケアしていればいいという理屈ではここでは暮らせないのだ。住人全員が、この集落を守っているのだな、と教えられた気がした。
そんなお二人の話を聞いていて、僕もとても心地よく感じた。
後でヒデさんが言っていたのだけど、お二人が取られる相手との「距離感」が絶妙だった。きっと、この方達はものすごい数の来訪者と接してこられて、その来訪者が「世界遺産 五箇山合掌造り集落」に持つ理想とお二人が知る現実とのギャップを柔らかに埋める1つの手段として、この距離感を作り上げられたのかも知れない。

 

 

こうして、アッと言う間に北陸の旅は終わった。
正直なところ、無知な僕は北陸3県に対してさほど期待はしていなかった。だが現実は全くの逆であった。食、自然、伝統工芸、土地に根付いた文化、そして人。そのどれもが高いレベルで存在している場所はそうそうないのだけど、ここ北陸にはあったのだ。
「どこがこれまで良かった?」と友人から聞かれる事が多いのだけど、今では、心から北陸をお薦めしている。ただ、僕はまだ冬の北陸を知らないので、まずは自分が冬にもう一度来てみようと思っている。

次は岐阜へ行く。

 

■Staff Profile
日本全国47都道府県の旅で、現場マネージャー兼、カメラマン兼、ドライバーを担当。
10代でサッカーをするために単身ブラジルへ渡った経歴の持ち主で、
ポルトガル語・英語・フランス語を話す。