2012.09.10

東京日記前編2

4日目、まずは雑司ヶ谷にある鬼子母神堂へ。
こちら、一応お寺なのだけど、「造りがどこか、神社のようですね?」とヒデさん。権現作りという神社建築様式で造られているとの事で、なるほど、とも思ったのだけど、ヒデさんも最近では造りの違いにまで気付き始めたか…とビックリさせられた…。

その後で新宿へ移動。写楽や北斎の復刻、修復を手掛けた木版画の技術者集団である、アダチ版画研究所を訪問。
元々創業者の安達豊久さんが浮世絵の収集家だったとの事で、その趣味が高じてとうとう職人さんを雇い、復刻版を作る事を始めてしまったのがこの研究所の始まりだと言う。中山さんにお話を伺う。
「浮世絵は、江戸時代ではマスメディアとしての意味合いがあり、木版で大量生産されていたんです。」
行程としては、下絵を描く絵師、版を彫る彫り師、そして版で一色ずつ摺り重ねて行く摺師という三者の分業でつくられていたらしい。
絵に於いても、歌舞伎の荒事(江戸)と和事(京都)があるように、摺り方、作り方にも違いがあるという。「江戸は柔らかさ、というよりは艶やかさ、でしょうか。」と中山さん。
この世界でも、彫り師が減っているという事で、「他の所の後継者問題はどうなんでしょうか…?」と、中山さんからヒデさんに質問が飛ぶ。
「色々とまわって来て、30代、40代は本当にいないなと思いますけど、下の世代の、20代は逆に増えて来ている気がします。」とヒデさん。
アートではなく、産業印刷という作品の数々を見ながら、「うーん…どうしてもアートだと思っちゃいますね。」と興味深く見入っていたヒデさんだった。

その午後に今度は天才靴職人と言われる山口千尋さんを訪問。
山口さんは元々シューズメーカーにてデザイナーをされていて、27才の時に靴作りの本場であるイギリスへ渡り、5年ほど修行されたという。
工房にて作業中の山口さんを見つけた時、隅っこで靴を抱えて、1人で仕事をしているその姿に「あぁ…職人さんだ…」と思わされた。

当然これまで生きてきた中で、何足もの靴を履いて来たのだけど、何となくあの靴は履き易かった、というものは記憶にあるけど、しっかりと自分に合っていると感じたものはなかったと思う。
「お客様の足に合わせて作ります。好みは人それぞれで、キュッとピッタリがいい人もいれば、緩く履きたい人もいますね。」
ヒデさんはその話に深く頷きながら耳を傾けていたのだけど、僕は本当の良い靴というのを履いた経験がないからか、自分にはどういうのが合っているのかがわからなかった。すると山口さんが続けて言う。
「自分にどんな靴が合うかというのは、1足じゃわからないんです。合う、と思う靴を履いて初めて合わない部分もわかって来る、だから2足目の注文が来るとものすごく嬉しいんです。」
仕事中の、手元の靴を見つめる鋭い眼差しとは打って変わって、顔をくしゃっとしわしわにして笑って話す山口さん。何故か、以前どこかで卸問屋さんが言った、「職人に商売の事考えさせちゃ絶対いけません。」という言葉が頭に浮かんだ。
最後の方で、仕事を中断し、沢山の素敵な靴が並ぶギャラリーにて山口さんの話を伺ったのだけど、作業用のジャンパーを脱いだ山口さんは、まるで別人のような、まさに英国紳士のように僕には映って、とても格好良かった。

5日目、午前中に石川酒造さんを訪問し、それから茶道の、小堀遠州流16代家元である、小堀宗圓さんを訪問。
ほんのり薄暗く、静寂に包まれた茶の間にて、早速お茶を一服点てて頂く。
小堀さん、正座をして座っているだけの、その姿勢が素晴らしく凛としている。ただ背筋を伸ばしているだけ、のはずなのだけど、この格好良さは何なんだろうと不思議に思わされる。ひとつひとつの所作が美しい。ゆっくり、なのに機敏で、迷いのない動作というものがこれほど優雅なものかと驚かされる。
部屋の隅で、こっそりと真似をしてみる。ゆっくりとノートを手に取り、急がないよう、ひとつの動きを大切に字を書いてみた。すると驚く程に、心が落ち着くのがわかる。

これまでこの旅でも、お茶を点てて頂く事は何度かあったのだけど、その所作がなぜそうなのか、という詳細について伺ったのは初めてだった。
京都の旅辺りから、千家十職の、茶道に於けるそれぞれの道具を作る方々を訪問してはいたのだけど、茶道の家元を訪問するのはこれが初めて。野球で言えば、バットやグローブ、スパイクの製造は見学したけど、一度も試合を観た事がないというような状況だと思うのだけど、こうして実際にその道具が使われるのを意識して見ると、テストで事前に予習しておいた問題が出た時にも似た、ある種の高揚感を感じる事が出来た。
最後、小堀さんが色紙に「一期一会」と書いて下さった。それをヒデさんに渡しながら、「風呂の焚き付けにでも使って下さい。」と笑っておっしゃったのだけど、スマートな気遣いの出来る、最後まで素敵な方だった。

この日最後は“偉大なる帽子デザイナー”と言われる、平田暁夫さんを訪問。
平田さんの長女で、ご自身も帽子デザイナーである、石田欧子さんにお話を伺いながら、ヒデさんも大好きな帽子を幾つも試着してみる。

途中、平田さんご夫妻が所用から戻られたのだけど、かなりご高齢と思われる平田さん、コートにハットを合わせたスタイルで、眼鏡から覗く大きな瞳が若々しい、とにかくダンディな方だった。
ヒデさんに帽子を作って頂けるという事になり、平田さんが椅子に座ったヒデさんの頭を、まずはメジャーを使わずに後ろから両手で採寸する。
「57cmくらいだろう。」
後からメジャーで計ってみると、なんとピッタリ57cmだった。

平田さんの奥さんも、とてもパーソナリティを感じさせる方なのだけど、カメラの邪魔にならないように、と後ろの方から取材を見守って下さっていた。
色んな帽子を試着するヒデさんを見ながら、「帽子が似合う人はいいな、と思います…」と呟くと、それに対して平田さんの奥さんが小声で、少しの厳しさを添えて呟かれた。
「似合わないと思ってるから似合わないんです。」
根拠もなくこう発言する人には出合った事はあったのだけど、何故か、平田さんの奥さんに言われたこの言葉は、とても僕の中に残っている。悩みに悩み抜いてひとつの帽子を作っている人達に対して、僕の発言はとても失礼だったのではないか。平田さん達にとって、最初から諦めているような僕の発言は、最も受け入れられないものだったのではないかと、今でもすごく反省させられている。

東京日記前編3へつづく
 

■Staff Profile
日本全国47都道府県の旅で、現場マネージャー兼、カメラマン兼、ドライバーを担当。
10代でサッカーをするために単身ブラジルへ渡った経歴の持ち主で、
ポルトガル語・英語・フランス語を話す。