2012.09.10

東京日記前編3

6日目、朝から足袋の老舗である大野屋総本店を訪問し、午後に尺八の人間国宝である山本邦山さんを訪ねた。
山本さん、会ったその瞬間から、どこか人を和ませる力を持った方だとわかる。
9才から楽器を始め、出身地の滋賀県は大津にて、幼いころに、初代山本邦山氏より都山流(とざんりゅう)尺八を学んだとの事だけど、「その後は独学です。」との事。
「最初のうちは、正直地味な音色だなと思い込んでいました。ところがいざ吹いてみると、こんなにもすぅーっと通るような美しい音色が他にあるのかな、って。」
山本さんの流派は先に挙げた都山流。「人に聴かせること」に重きをおいているのだという。ヒデさんも挑戦するが、なかなか音が出ない。それでも粘って、必死で音を出そうとするのだけど、相当に難しいらしい。
山本さんは、曲を作る時は五線譜で書くとの事だけど、後から尺八の特殊な音譜に直すらしい。その尺八の音譜を見せて頂いたのだけど、これが何かの暗号のようで何がなんだかわからないものだった。

「若い頃は肺活量が6,100ccありました。例えば、2m先の蝋燭の火を消す事が出来ました。」
という山本さん。2m先に蝋燭がなかったのでどのくらいすごい事なのかハッキリとはわからなかったのだけど、ヒデさんが「いつ息をしてるのか不思議で仕方ないんですよ。」というくらいなので、相当な肺活量なのだと思う。
ヒデさんが音を出そうと必死になっている間、山本さんが65年もの間使っているという尺八を見せてもらう。元は白かったらしいのだけど、今は黒ずんでいて、多くの歴史が刻まれているように見える。
「これ1本で世界中に行けて、本当に楽しかったです。そう思うと、尺八やってて本当に良かったなって思います。」
素直にそう言える事を仕事に出来る事は、本当に素晴らしい事だと思った時、音が出せずに四苦八苦していたヒデさんから、きれいな音色が部屋に鳴り響いた。

7日目は、小笠原流礼法の宗家、小笠原敬承斎さんを訪問。
小笠原さん、ハッとしてしまうほどキレイな方で、先日の、茶道は遠州流の小堀さんにも通じる、背筋の通った、美しい姿勢と佇まいを感じさせる方だった。
小笠原流の根底にあるのは、“相手を思いやる心”との事。
「礼儀とは相手を思う心で、それを形にしたのが作法と言えます。」
作法、という言葉を最近雑誌などでもよく目にするなと思っていたのだけど、作法とはなんぞや、という部分には全く目が行かなかった事が悔しい…などと思っていると、「ただ、昨今では作法だけが一人歩きしてしまっているようで…」と憂いておられた。一人歩きしている、という部分で通じる事で、“遠慮”という言葉の話になる。
「遠慮とは、我慢する事ではなくて、相手を慮ることです。ただ、今では単純に自分の意思の伝え方になってしまっているようで…。」
最近では以前にも増して色々な人と会う事も多いヒデさん、礼儀作法がよほど重要だと理解しているようで、色々な場面を思い出しながら質問をする。
僕らも試しに、立ち方、お辞儀の仕方を教わったのだけど、教えて頂いた2つ、3つの事に注意しただけで、どこかビシッとなれたように思えた。

小笠原さんは伝統ある礼法を、「現代に合わせて、お洒落をしながらでも出来るような伝え方をして行きたい。」と話される。
「教え歌のひとつに、こういうものがあります。マナーを知っていると、つい自分が”知っていること”を出したくなることがありますが、それはマナーを知らないことと同じことです。と。」
これを聞いて、礼法を本当の意味で身につけるという事は、「心から相手を思いやる事」、が自然に出来なければいけないのだと、改めて思わされた。

この日は午後に、江戸風鈴の名付け親である篠原儀治さんを訪問して終了。
そして東京の旅第一弾の最終日、まずは江戸表具師の前川八十治さんを訪問。
表具師の仕事とは、メインは掛け軸、額、屏風(びょうぶ)、襖などの、“糊とハケ”でやる物、との事。経師屋(きょうじや)とも呼ばれるらしいのだけど、「その呼び方は、若い人にはもうわからないですよ。」と前川さん。
店内に掛けられた幾つかの掛け軸を、ヒデさんが興味深そうに見つめる。
掛け軸は、大抵は書や画などの“中身”と呼ばれる部分はお客さんが持ち込み、その外を表装するのが前川さん達の仕事らしいのだけど、「中身に勝ってはいけません。」との事で、自分が引き立つ事のないよう気をつけるのだという。
「中身に対して、外を着物と呼ぶのですが、“この中身にはこんな着物を着せたいな”という気持ちで仕事しています。」
前川さんの真っ直ぐな眼差しと心のこもった説明から、その実直な人柄が伝わって来る。
「しょうじ貼りが一番難しいんです。素人さんでもやりますから、経師屋は違いを見せないとならない。剥がす時にその違いは出るのですが、経師屋のだと、和紙がまた使えるくらいにきれいに剥がせます。」
これまで数十人の弟子をとって来たとの事だけど、今では少し事情が違うようだ。
「昔は何も出来ない弟子には御飯だけ食べさせればよかったのですが、今はお給料を払わなければいけませんよね。」
後継者問題はそういう様々な理由により発生するのだけど、とても心配そうな前川さんの表情が印象に残っている。

それから午後は、彫金の人間国宝である桂盛仁さんを訪問。
桂さんからは、彫金の起こりの段階から丁寧にご説明頂く。全てに意味がある、という事で、興味深い内容をかいつまんで話して頂く。その説明の巧みさに、学校の歴史の授業もこうだったらもっと興味が持てたのに…と苦手な教科を当時の先生のせいにしたくなる。

桂さんの、香炉などの作品を幾つか見せて頂く。大袈裟でなく、小さな作品にも深い世界観を感じてしまう。

お父さんも彫金をされていたとの事で、「金鎚を細かく叩くコツコツコツという音が子守唄でした。」という桂さん。歌舞伎役者さんなどもそうだけど、生まれた時からずっとその世界にいる、という事はどういう事なのだろうかと考えてみる。ハッキリした事は浮かばないけども、そういう方々に共通するのは、その世界に生きて行くという、覚悟というものかも知れない。

東京の旅 中編1へ続く
 

■Staff Profile
日本全国47都道府県の旅で、現場マネージャー兼、カメラマン兼、ドライバーを担当。
10代でサッカーをするために単身ブラジルへ渡った経歴の持ち主で、
ポルトガル語・英語・フランス語を話す。