2012.09.10

東京日記中編3

この日、最後は日本舞踊 尾上流三代家元 尾上墨雪さんを訪問。
入っただけで心静まるような和室にお通し頂く。部屋の灯りも調整されているのだろうかとさえ思えるほどに居心地が良い。
尾上さんの話は、最初からとても面白い。
「最初に教えるのはお辞儀、立ち、そして座りです。お辞儀は息を全て吐きながら、立つのは天井から引っ張られるように、そして座る時は重力に逆らわず、動こうとする力より自然な動きを制御する力が大事なんです。」こういう話を、ユーモアを交えて話して下さる。

ヒデさんが「いつからやられているんですか?」と訊くと、「遅いのですが、8才です。」と尾上さん。
え、遅いんですか!?と僕らも驚く。
「習い始めは2才より1才と早い方が良いんです。早いとこだと、胎教、お腹の中からやってますよ。」
この話を聞いて、僕は初めて「エリート」というのを超える存在をイメージする事が出来た。選ばれた者ではなくて、その為に生まれて来る者。
そして尾上さんからは、伝統を真に受け継ぐ人に共通する言葉も聞く事が出来た。
「日舞も新しい事をやらないとダメです。私は創造なしに伝統はない、と思っていますから。」
古くから伝わる守るべき伝統は、いつの時代も新しくあり続けなければならない、その矛盾を考える事がとても楽しく感じる。

2日目、朝から東京23区内唯一の酒造である小山酒造を訪ねてから、ヒデさんの好物であるカレーパンを求めてカトレアというパン屋さんへ。目的地に近づき、ナビが約30m先右手の建物をゴール地点と示す。その方向に目を向けると、真っ黒なビルに、7階まで飲み屋の看板がビッシリ。「こんなとこにあるんですかね?」とヒデさんに言うと、「おかしいな、もうちょっと近づいてみようよ。」と言うので、正面に車を移動した。その時、2階にある看板に、あってはならない文字が記されていた。
「スナック カトレア」
さすがのヒデさんも…絶句。
僕らは資料にある住所と電話番号だけを頼りに、ナビで目的地へ連れて行ってもらう。大変な思いをしてその資料を作ってくれるスタッフにも、たまにこういう間違いは起こるものだ…。
 
その後カレーパンにありつく時間もなく、僕らは鍛金の人間国宝である奥山峰石さんを訪ねた。15才の時に山形から状況されたという奥山さん。応接室に作品が幾つか飾ってあるのだけど、目視だけで触れずとも、どれだけ手の掛かった作品かというのが伝わって来る。

奥山さんの作品のひとつに、3年半もの月日がかかったものがあるという。「しかし、よく途中でくじけずに作られましたね…?」とヒデさんも目を丸くして訊くと、「仕事場にいるのが一番落ち着くんです。」との事。ヒデさんの質問は続く。
「コツコツと金鎚で叩き続けて形を整えて、いったいどの瞬間に“これでよし!”となるんですか?」
これは以前、ヒデさんが現役の頃に自主トレでロングキックをやっていた時に、全く同じ疑問を抱いた事があったのを思い出した。
「実は、自分で納得したり、満足した作品は1つもありません。親と同じで、作ってると(子供の)悪い部分も全てわかっちゃいますから。」
 
奥山さんからは、鍛金のみならず、人生についての話まで色々とお聞かせ頂いたのだけど、印象的な話がひとつあった。
「20代の頃に、“一代一職”という言葉に出合ったんです。あぁ、これ(鍛金)を続けろって事かなぁ…と思いました。」
僕は時々、自分の仕事はこれだ、というものを持っている人がとても羨ましいと感じる事がある。何かに打ち込めて、しかもそれが仕事になるなんてなんて素晴らしい事だろうか、と。ただ奥山さんが「これを続けろって事か…」と感じられたように、それは覚悟の問題でしかないのかもしれない。僕にとっての一代一職が、本当は既にあるのかもしれない。

3日目、まずは江戸切子の小林硝子工芸所を訪問。小林淑郎さんよりお話を伺う。
東京で江戸切子は3箇所目という事もあり、話に出て来る単語が少しだけわかるようになっていた。どんな商品がよく売れるのか、というヒデさんの質問に、「今はぐい呑みとかオールド(口が広く背が低いグラス)が実用的で、良く出ます。」との事。実は同じ切子でも、「薩摩切子というのは実用というよりは献上物なんです。」というように、やはり土地によって違いがあるらしい。
小林さんとヒデさんで、工芸について盛り上がる。
「工芸は買う人も勉強しないといけません。職人や売り場の売り子さんがきちんと説明して教えないといけませんね。」
これはヒデさんが常に酒蔵や伝統工芸を訪問して、その素晴らしさを知る度に口にしている事だ。折角良いものでも、その説明が伝わらなければ誰もその素晴らしさに気付けないのだ。
 
ここでも石かけに挑戦するヒデさん。今回はどうも、長い。すると小林さんが、「スタッフの方もどうぞ挑戦して見て下さい。」と勧めて下さった。カメラマンの高橋さん、ライターの川上さん、そしてディレクターの大島も挑戦。みんな、面白いようにハマる。「皆さん、これをやっている間は色んな事を忘れられると言ってハマるんです。」と笑う小林さん。
1時間も石盤に向かっていたヒデさんも終了。なかなかの器用さを見せ、スタッフからも「おぉ…上手かも。」と微妙に褒められる。する小林さんが「ちょっと補整します。」と言って数十秒だけ石盤に硝子を当てられた。すると根本さんの時と同様に、やはり出来栄えが全く別物になる。それを見たヒデさんがボソッと言った、「終わりよければ全てよし…」という呟きが印象的だった。

 
東京日記 中編4へつづく
 

■Staff Profile
日本全国47都道府県の旅で、現場マネージャー兼、カメラマン兼、ドライバーを担当。
10代でサッカーをするために単身ブラジルへ渡った経歴の持ち主で、
ポルトガル語・英語・フランス語を話す。