2012.09.10

東京日記中編4

小林硝子工芸所を出た僕ら。看板彫刻師である坂井保之さんを訪ねに福善堂坂井看板店へ。
坂井さんは相撲部屋の看板から日本橋三越の看板まで手掛けているとの事。
「やはり国産の木が一番です」という坂井さん。その真っ直ぐな目と実直さの伝わる話し方からは、表具屋の前川さんにも通じるものがひしひしと伝わって来た。以前、この浅草界隈には看板屋さんは50軒近くあったという。
「それが、オリンピックを境に時代はプラスチックに流れたんです。今では木だけでやっているのは3、4軒程です。」
そう話す坂井さんの眉は少し下がり、どこか寂しそうだ。
「1つの看板でも、文字職人や塗師など分業です。それぞれがすごいプライドを持っていて、彼らの目もありますから、どの職人も取り組む姿勢が素晴らしいですし、互いに尊敬し合ってるんですね。」
職人さんにお会いして、優しいと感じる事が多々あるのだけど、その誰しもに共通するのは、自分の仕事や作品を大切に思いやる心を持っている事だ。その大切に思いやる心こそ、優しさなのかもしれない。

その後お米マイスターの福士修三さんを訪ねてから、長唄囃子の人間国宝である堅田喜三久さんへの取材に向かった。
堅田さん、お話の中にジョークをサラッと盛り込んで来られる。こちらが油断していると気付かない程のもので、話の腰を折る事もない。ただ、「あ、今のはダジャレだな?」というのを微妙な表情の変化から感じ取れる。ヒデさんも話の途中で、時折堪え切れず失笑してしまう。油断ならないので、必然と集中して話を聞く事になるという、話術に関しても国宝級の方であり、そしてこの方もまた、こちらが恐縮してしまう程に誰に対しても敬意を払われる方だった。
素敵な方だな…と思ってメモを取っていると、足下で動く何かを感じた。目を向けると、それはそれは立派な、育ちの良さそうな猫だった。
囃子(はやし)とは、能や狂言、歌舞伎などの芸能で拍子をとり、気分を出すために奏でる音楽との事。「五人囃子」など、雛祭りの曲で聞いた事のあるような言葉の、その意味を教えて頂く。自分が無知なだけにこうやって知る事が楽しいのだけど、それはこの旅の一番の醍醐味だ。
「自分達は縁の下の力持ちでしょうか。役者の一挙手一投足を見て、打つ強さや声の出し方を加減します。」
そんな話を聞きながら、ふとヒデさんの隣の椅子を見ると、さっきの猫がいつの間にかそこで丸まって寝ていた。

堅田さんに勧めて頂き、ヒデさんも小鼓の打ち方を教えて頂く。ジャズなどとのコラボもされるという、もう齢70を数える堅田さんだけど、鼓を持った時にふと見せる力強い目力に、「あ、この方はやっぱり…」と凄みを感じさせられた。

4日目、まずは岡本太郎記念館へ。開館前の時間に特別に入れて頂いた。
都心のど真ん中にあるここは、岡本太郎が亡くなるまで住んでいたという、自宅兼アトリエだったらしい。中へ入ると、数々の作品が僕らを迎えてくれる。ハッキリと、そのひとつひとつから強烈なエネルギーを感じる。岡本太郎の実物大のフィギュアがあったのだけど、テレビや写真などで見て抱いていたイメージと違って、意外と小さい事に驚いた。やはり醸し出す雰囲気が尋常ではない人だったのだろう。作品である「手の椅子」に仲良く並ぶ、彼とパートナーの敏子さんの写真にとてもほっこりさせられた。

それから次は、能楽囃子方の亀井忠雄さんを訪問。この方もまた、人間国宝だ。
住所が新宿とあったのだけど、行ってみるととても閑静な場所にご自宅はあった。亀井さんの眼差しは、相手を包み込むような、こちらを安心させるような力がある。昨日の堅田さんは小鼓で、亀井さんは大鼓。大きな違いは小鼓は肩の所(上)で持って打ち、大鼓は膝横(下)で持って打つという事らしい。
「もう1つ違う点は、演奏前に小鼓は皮を湿らせるんですが、大鼓は乾燥させます。だからこれからの時期(梅雨)は辛いのです。」
確かに、僕らの横では息子さんが鼓をヒーターに当てて乾燥させていたのだけど、それだけ音に違いが出るのだろう。
「歌舞伎とお能とではどう御囃子が違うのかわからなくて…」というヒデさんに、「それでいいんですよ。」と優しく答えられる亀井さん。
「私も理屈では一切教わりませんでした。皮膚感、カラダで覚えさせられましたから。」
ある人が言っていたのを思い出す。音楽や絵は「わかる」ものではないと。芸術を感じる事に、知識や言葉は邪魔になる、亀井さんが言う事に、どこかそれに通ずるものを感じた。
 
話の中で、京都の能楽師 片山幽雪さんを訪ねた時の事をヒデさんが話すと、「素晴らしいですね。」と亀井さんが“しみじみ”と言われた。
「一流の方にお会いさせて頂き、また皆さんよく教えて頂けるので、自分はどこよりも良い学校に通っているような気分です。」とヒデさん。
その言葉に、僕もかけがえのない経験をしているのだと、少し心を引き締められた。

そして今回最後の訪問先は、江戸筆職人の亀井正文さん
江戸筆は、軸の際まで鋒先(ほさき)を下ろして使う「捌き筆」との事。
亀井さんの顧客は、プロの書家から絵師などの職人、書道愛好家まで様々との事。
「最近はメールで誰かの書を画像で送って来て、“こういうのを書きたい”という要望が来たりします。それに合わせて筆を作ったりします。」
書に関しては、最近ヒデさんも「習いたい」と口癖のように言う。いつもパソコンでメールをしている彼だから、意外だなとも感じていた。
「最近はやっぱり僕もメールでやり取りをする事がほとんどですが、気持ちを込めてありがとうと伝えたい時はやっぱりきちんとひと言書いてそれを表したいなって、そう思います。」
 
神奈川の旅で訪ねた武田双雲さんが「字を見ればその人の性格がわかる」とおっしゃっていたけども、アレを聞いてからは僕自身、恥ずかしくて逆に書く事が億劫になった程だ。ありがとう、と伝える時に、自信を持って字を書けたらどんなに気持ちよいだろう。亀井さんのほんのちょっとのアドバイスで、きれいな文字を書くヒデさんを見て、僕も少し努力をしてみようかと改めて思わされた。

 
東京日記 後編1へつづく
 

■Staff Profile
日本全国47都道府県の旅で、現場マネージャー兼、カメラマン兼、ドライバーを担当。
10代でサッカーをするために単身ブラジルへ渡った経歴の持ち主で、
ポルトガル語・英語・フランス語を話す。