2012.09.10
東京日記後編2
4日目、まずは遠州流茶道宗家十三世家元の小堀宗実さんを訪問。
小堀さん、羨ましいほどに着物がよく似合う、まさにダンディな方。まずは寄り付きと呼ばれるお部屋にて、扇子とふくさをヒデさんの為にご用意頂いていた。茶道における扇子の意味など、小堀さんに細かく教えて頂く。それからお茶室へと行く途中に、心地よい茶庭を通る。ヒデさんもとても気持ちが良さそうな表情を浮かべる。

お茶室は、雨上がりの清々しい外とは反対に薄暗く、だけど、お庭とは違った意味での心地良さがあった。
小堀さんにお茶を一服点てて頂き、その無駄のない美しい作法を見ていると、自然と正座がしたくなり、同じく自然と背筋を伸ばしたいとさえ感じる事が出来た。旅も始まってからもう4年目だけど、自分の変化を知る事はとても楽しい。

この日の午後は一葉式いけ花、3代目家元である粕谷明弘さんを訪問。
いけ花の訪問は初めてだけど、いけ方の基本や、日本と海外での違いというのがあるとの事で、当たり前だけどやはり奥が深い。
「剣山への挟み方でうまい、下手がわかります。」と話される粕谷さん、怒っている姿が想像出来ないような、とても柔和な方だ。生けてる時が一番楽しい、と少し照れながら、けど本当に楽しそうに話されるのだけど、生けてる最中に何を考えているかは後から思い出せないらしい。
そして驚く事に、粕谷さんは花の名前を知る事は、そんなに大切な事ではないと言う。
「それよりも、その花の質感とかを知る事の方が大切ですから。」
その言葉は何にでも当てはまる真理のような気がして、深く考えさせられた。
ヒデさんもいけ花に挑戦。ところどころで、粕谷さんより1本1本の長さなどの細かいアドバイスを頂いていたのだけど、いけ終わってから、ヒデさんが頷きながらこう話す。
「あぁ…終わって出来上がりを見れば、粕谷さんが言っていたのがよくわかります。やっている最中は、小さな長さの違いにしても、そのくらい変わらないんじゃないか、などと思ってましたが、出来上がってみるとなるほど、と思えますね。」
話を聞いているだけで全く理解出来ない自分が、少し寂しかった。

5日目、まずは草月流4代目家元 勅使河原茜さんを訪問。
勅使河原さん、その明るい表情と話し方から、接する人をも元気にする力を全身から放たれている。明るい人っていいなぁ…と変なところでファンになった。
勅使河原さんは器を自分で作られているとの事だけど、「自分じゃガラスを吹いたりは出来ないので、そういう部分は職人さんに任せます。ただ、気が合わないと難しいですね(笑)」との事。ヒデさんもガラス工房を訪ねた経験を思い出しながら、深く同調していた。
昨日の粕谷さんを訪問した時もそうだったのだけど、ヒデさんの中で、「いけ花」と「フラワーアレンジメント」の違い、というものが引っ掛かっているらしかった。
「現在では、フラワーアレンジメントも線(枝)を取り入れたりして、いけ花に近づいている部分もあったりします。空間に合ったものにする、という意味では、分ける必要もないのかもしれませんね。」
ネットなどで調べてみると、いけ花は床の間などに飾る花、フラワーアレンジメントは結婚式などで飾る花、などと定義されていたりもするのだけど、日本の生活様式が洋式化してきた事を考えると、今後、それは日本語と英語の違いでしかなくなるのかも知れない。
贅沢にも勅使河原さんにいけ花のデモンストレーションをやって頂く。何もなかったところに、次々と花がいけられ、形を成して行く。勅使河原さんの、花を優しく見る目が印象的だった。

ヒデさんも挑戦してみる。「自由にやってみて下さい。」という勅使河原さんに対して、ヒデさんが悩む。「自由って言われるのが、一番難しいです…。」
この人には、もしかしたら「自由」や「自由が好き」というイメージが多少なりともあるのかもしれないけども、意外と、ルールや決まり事も大好きなのだ…。

それから次は漆芸家である鳥毛清さんを訪問。
この旅では相当数の素晴らしい職人技術を見て来てはいるのだけど、中でも、素人目にも解り易く“すごい”作品にお目にかかれる事がたまにある。この日はまさにその日だった。
「ここまでリアルに描く必要があるのかなって、自分でも思います。」
とユーモアたっぷりの鳥毛さん。ヒデさんも「へぇ…」を連発しながら、作品を数分間眺めていた。

室内で飼われていたリスがかわいかったのだけど、果たしてこのリスもその内作品のモデルになるのだろうか…などと考えが巡る。
「若い時は入選したいがあまり、逆に古い事をやってしまったりします。そのせいで自分らしさを見失っている事もあるんですよね。けど一番大切なのはやっぱり自分らしさなんです。」
鳥毛さんの話は冗談混じりのものも多いのだけど、気を抜くと何かすごく良い事を話されていたりする。どこか小鼓の堅田さんに通じるものを感じた。
部屋を見渡すと、F1マシンのフィギュアが大切そうに飾られていて、オーディオに関してもとても凝っておられたのだけど、それらの事を僕らに楽しそうに話してくれる。「色々好きですね(笑)」とヒデさんが言うと、「実は雑学が助けてくれている部分があるんです。色々なものを拾ってみて、感じた事を表現にのせてみたり、と。」
最後のこの部分で、鳥毛さんの魅力がひとつ、ハッキリとわかった気がした。鳥毛さんはひと言で表すと、「広い」、もしくは「豊か」なのだと思う。人が安易に持ってしまう先入観というようなものを、鳥毛さんからは感じる事がなかった。それが彼の作品へ反映されているのだと思うと、鳥毛さんが作る作品には、今後とも大きな可能性が秘められているのだと思わされた。

それから篠崎硝子工芸所へ寄ってから、最後に華道、龍生派の副家元である吉村華洲さんを訪ねた。
ここでもヒデさん、いけ花に挑戦。横から見ていると、花を選ぶのに悩んで、決めて、今度はカットする長さに悩んで…と、悩みの連続のように思える。
作品を完成させた後、ヒデさんが言う。
「どこでやめればいいのか本当に迷いますね…。不安だと、どんどん花を入れちゃう気がして…。」
それに対して吉村さんがこう話される。
「答えはないです。頭で考えてるだけでは出来ないのがいけ花で、とにかく先に花に触る事です。教える立場ですが、言葉で伝えられる事は限られていて、触り続ける事でわかって来るんです。」
何事も、そうなんだなと納得させられる。頭で考えているだけでは先には進めない。何事にも挑戦してみて、初めてわかる事がそこにあるのだ。

東京日記後編3へつづく