2010.05.27

京都日記中編3

伏見稲荷大社を出た僕らは光明寺へ。
案内人の方とヒデさんはお寺の前で合流。僕は少し遅れて彼らを追いかけた。
急いで追いつこうと門をくぐる直前、顔を上げてみた。
 
そこは息を飲むほどに、なんとも美しい場所だった。奥には広く緩やかな坂道が覗いている。みんなと合流するまでの少しの間、思いっきり深呼吸して歩こうと決めた。

5月の気持ちの良い季節に是非とも訪れたいと思えるほど、木漏れ日と緑と鳥の声を満喫できるお寺・・・。
ヒデさんらに追いつくと、彼らもどこかに留まる事なく、ずっと歩きながら話をしている。ヒデさんは単に良い雰囲気を味わう為だけにこういうお寺や神社を訪れている訳では当然ない。行く先々で、その歴史などを詳しく聞いているようなのだけど、もはや僕はその話にはついていけない。
ただ、例えば各家庭で法事などの時に頼むお坊さんがどの宗教かなど、僕は全く知りもしなかった。能・狂言でも感じた事だけど、知らなければ興味など持てるはずがないのだ。
 
多分、ヒデさんはこの旅を自らの知識を深め、世界をひろげる為、と位置づけている。であれば興味があるから勉強する、というのでは世界をひろげる事にはならない。だから多分、彼は「自らの興味を惹くために勉強する」という事を実践しているのではないかと思う。そしてそれは、なかなか簡単な事では決してない。


それから今度は小鼓の人間国宝である、曽和博朗さんを訪問。
小鼓とは、誰もが知っているあの肩に載せて「よぉーっ!」というかけ声と共に「ポンッ!」と叩く、あの小さな太鼓である。
 
もう80才も半ばとお聞きしたのだけど、この方も例にもれず、声の張りが素晴らしい。
かっぷくも良く、大きな目に力がみなぎっている。何か物音でもたてたら怒鳴られるのではないかと少し緊張していた僕だけど、何かの拍子にビックリするほどの大声で笑われた時の表情を見て、「や、優しい人だ・・・」とホッとした。

「やってみますか?」
と曽和さんがヒデさんを促す。正座をして、背筋を伸ばし、小鼓を肩に載せて構える。
「これ、きつい!」
見てる者にはわからないけども、その姿勢でいるだけで結構きついらしい。
その姿勢を崩さぬまま、また、小鼓の方を見ないようにして叩く。当然だが、さすがのヒデさんでもなかなか良い音が出ない。
曽和さんがまだ若い頃は、良い絆創膏なども当然なく、手にタコが出来てもお構いなしに続けなければならなかったらしい。「それでもやめられませんからね、小鼓を打つ度に頭のてっぺんまで激痛が走ってました。あれはキツかったですけどね。」と笑って話される曽和さんの手は、驚くほどに分厚い皮膚で覆われていた。

4日目、午前は比較的ゆっくりの出発。たまにこういう日があると、本当に嬉しい。
まずは恒例の酒造巡りで松本酒造さんを訪問した後、竹細工、柄杓師である黒田正玄さんを訪問。
 
ご自宅のすぐ裏手の工房にて、実際に茶杓(ちゃしゃく)の創作過程を見せて頂く。
1人、若いお弟子さんがいらして、ヒデさんも真似るように竹を削る。
この削るという作業、非常に地味なのだけど、繊細さを要求される為に相当な体力を擁する。以前も、和歌山は那智の硯、三重は伊勢の根付、そして奈良の高山茶筅などでヒデさんは経験済みだ。

お弟子さんにどのくらいやられているのか聞いてみる。
「まだ15年です。」
「まだ、ですか?」
「えぇ、20年はやらないと、カッコつきませんから。」

この方、削るのに使用する刃を毎日2時間かけて砥石で研いでいるらしい。そういう作業も含めての15年は、決して短い訳ではないと思ってしまうのだけど、きっとこのお弟子さんが見ているのは僕が想像するよりもっと先の所なんだろうなと思った。

 

京都日記後編へつづく

■Staff Profile
日本全国47都道府県の旅で、現場マネージャー兼、カメラマン兼、ドライバーを担当。
10代でサッカーをするために単身ブラジルへ渡った経歴の持ち主で、
ポルトガル語・英語・フランス語を話す。