2010.05.27
京都日記後編
そこからまた同じ京都市内を15分ほど移動。本当に移動が今回は楽だ。
訪問先は能楽師の片山幽雪さん。この方も人間国宝だ。
とても落ち着いた印象の片山さん。ヒデさんとの話が進むにつれて表情も柔らかくなって行く。ヒデさんは往々にして、こういう方々に好かれるのはなぜだろう・・・。
机の上には能面が置いてある。これについて、以前僕は右から見たり、左から見たりするとその表情が変わる、というような事を聞いた事があった。それについて片山さんが言う。
「どこから見ても表情は変わりません。ただ、役者の歌なりに感情移入出来れば、自然とその能面に表情が生まれるのです。」

ここでも実際にヒデさんが能面をつけて能の動きを教えて頂いた。
能面をつけたヒデさんの第一声。
「見えない!」
どうやら、足下が全く見えないらしく、自分が真っ直ぐ歩けているかどうかさえわからないらしい。しかも、ある程度腰を落とした上での動作は、非常にゆっくりできついらしく、どうしても腰と膝を壊してしまうとの事。
片山さんはもう80才になられるそうなのだけど、ほんの5年程前に腰を手術されたという。ヒデさんが「きつい!」というくらいの動きを、もう何十年も続けてるのか・・・と想像してみると、そのすごさがほんの少しだけどわかった気がした。

その晩は、京都の北部にある丹後に宿泊。
府内を通って行くと高速道路もない為、京都市から大阪、兵庫をぐるっと回り、2時間ほどかけて到着。
あまりに京都市が有名過ぎて、僕は京都府の全体像をこれまで想像した事がなかった。
その象徴的な事として、京都に海がある、京都が日本海と面しているという事に驚いた。この日も宿に到着したのは夜の8時過ぎ。そして出発は明朝7時だ。僕らが明るいうちに宿を見る事は滅多にない。
5日目は酒造を主にまわって6日目。
朝から東寺に行き、草木染めと着物作りをされている志村ふくみさんを訪問。この方もまた人間国宝だ。
志村さんの工房は、都機(つき)工房という。植物の色と月の関係を大切にしておられ、月の満ち欠けに基づく旧暦に従って日々の仕事を営む、というそんな姿勢から名付けられたとの事。そんな良いお話を聞いてる脇で、牧が草餅を撮影そっちのけで頬張っていた・・・。
志村さんとその娘さんにお話を伺ったのだけど、笑いが絶えず、お二人ともご姉妹のようで、とても仲が良さそうだ。ヒデさんとも、何か波長が合っている気がする。
志村さんは玉葱などの植物から色をつけるのだけど、「植物の色に優劣はつけられない。色の魅力を引き出すのは人間の仕事です。」という言葉が頭に残った。
工房には何人かの修行されている若い女性たちが。
皆さん千葉や新潟など各地方から集まっている。1人に話を聞いてみると、学生時代に志村さんの作品を見て心を奪われ、本を読み、どうしてもここで修行をしたくて、空きが出るまで3年、4年と待ったという。今でも同じように待っている方も多数いらっしゃるとか。

玉葱の話になった時、みんなの視線が一瞬、1人に集まった。牧だ。
ヒデさんが嬉しそうに「いやぁ、玉葱といえば、コイツがそっくりなんですよ。」というと、志村さんと娘さんも「あら!本当だわ!(笑)」と言って盛り上がった。
本当に、牧を羨ましいと思う。
これほどにまわりに笑顔(笑い?)を与えてくれる男はそうそういないと思った。
最後の訪問先は、京野菜の第一人者である樋口昌孝さん。
樋口さんは400年続く農家の14代目。伝統的な京野菜の種子とその栽培方法を受け継ぎ、現在に京野菜を伝えている方だ。
この方も、とにかく快活というより、この方に会うと元気になれる、そんな人である。
横には息子さんがいて、仕事を手伝ってくれているという。
京都市の中心地から少し北にある場所なのだけど、大きな畑が通りの裏手にあった。家の前に、段ボールに入って寝たまま、呼んでもビクとも動かない犬がいたのが妙に気がかりだったのだけど、ちゃんとこの家で飼われてるとの事で安心した。どうやら生きているという事だ。

畑の方を見せて頂くと、茄子などのその大きさに驚く。

野菜が食べられないヒデさんに代わって僕らが試食。ウマい!!
生野菜で何もつけずにかじりつくのだけど、甘さ控えめのフルーツのような、そういう印象を受けた。ある料理人の方は、樋口さんをこう表現されたという。
「フレンチとかはソースなどで味を足していくけど、樋口さんのは引き算で、どんどん引いていって、とてもシンプルだ。」
するとヒデさんも何かピンと来たのか、持論を展開。
「ある意味、食事は食材が重要で、料理人はその味をダメにしないよう少し手を加えるだけでいいと思うんです。ご飯にしても米が美味しければ、少しの塩で本当に美味しく食べられますから。」
樋口さんの夢は、自分が死んだ後に誰かが「樋口さんとこのを食べたら、野菜嫌いの子供が食べれるようになったんです。」と息子や孫に伝えてくれる事だという。
この人もまた、職人さんと同様に、僕の想像もつかないほど先をみているのだな、と思った。

訪問する先、ふと訪れた飲食店、街並・・・。
その至る所で本物の和を感じる事が出来た。それは決して「京風」でなく、「京」そのものの味わいだ。
街並や、会う方々の服装や京都訛りのイントネーションから、これまでに行ったどんな都市より「文化」というものを強く感じた。
そしてその文化を作り、継承して行く人たちの目指す場所。その距離に驚いた。
社会に出れば、石の上にも3年と言われるように、何事も3年続ければ取りあえず基本はわかるようになると言われる。
しかしそれは、何百年と続く文化に於いては全く当てはまらない事がわかった。竹細工のお弟子さんがふと口にした「まだ15年」という言葉が、京都に限らぬ全ての匠職人の本質を表しているのではないかと思えた。
京都をまわり終えて思う。
ほんの少しだけ、今よりも先を見据えてみると、自分の視野が広がったように感じる。
次は北陸、福井へと向かう。