2012.09.10
東京日記後編4
長かった東京の旅も終盤に入る。
まずは増上寺へ。近くを車で何度か通った事はあったのだけど、広い敷地に足を踏み入れるのは初めてだった。境内を、通勤途中や朝の散歩で行き交う人を見ていると、広島の平和記念公園の朝を思い出してしまった。どちらにも共通するのは、朝の清々しい雰囲気だろうか。
増上寺大殿を見上げると、そのすぐ後ろには東京タワーがそびえ立っている。
こちらでは、国の重要文化財であり、通常は非公開である三門(三解脱門)にも登らせて頂き、貴重な時間を過ごさせて頂いた。特別で、気持ちの良い朝から一日をスタート出来た。

それから僕らは大田区にある、書道家 金澤翔子さんを訪ねた。
生まれつきダウン症を発症していた翔子さんは、書道家であった母 泰子さんの師事のもと、5才より書道を始めたという。翔子さんとお会いして、最初に得た印象を言葉にすると、「輝き」だと思った。母 泰子さんがお話されている間でも、部屋の雰囲気がどこか明るい。
翔子さんの作品を見せて頂く。東大寺で書かれたという大きな作品は、とても目の前にいる翔子さんが書いたとは思えなかったのだけど、じっくりと見てみると、彼女の「真っ直ぐさ」が溢れているようで、なるほどと思わされるものだった。

「この子は、見ている人が多い時ほど上手に書けるようです。」と泰子さん。
「彼女には、人を喜ばせたいという思いしかないんですね。もう、それが全て(笑)」との事なのだけど、それは一緒に過ごした短い時間で、僕らにも充分に伝わってきた。
ふとした事からヒデさん、部屋の片隅にカップやきそばの箱を発見。「3食カップやきそばでもいいくらいに好き」という翔子さんに、「僕も大好物なんですよ。」とヒデさんが言うと、彼女がものすごく嬉しそうに、箱ごとプレゼントしたいと言ってくれた。カップやきそばでここまで盛り上がれる2人って…と思いながら、これほど微笑ましい場面は初めてだった気がした。

2日目は湯島天満宮、神田神社、そして湯島聖堂と続けて訪問。
特に湯島天満宮では、改めて来たくなるほどに心落ち着く素晴らしい庭園に驚かされる。ただ、通常は庭園内には入れないとの事で、外からしか見る事が出来ないらしい。背景には東京の高い建物が乱立しているのだけど、それを差し引いても、素晴らしい場所に違いはなかった。

3日目、まずは独立行政法人酒類総合研究所の赤レンガ工場へ。
こちら、明治期につくられたレンガ建築なのだけど、蒸し暑い外から中に入ると、驚く程に涼しい。当時、最先端のドイツのビール醸造技術を日本酒の醸造に応用する為に、建物までドイツのビール工場を参考にしたとの事。お酒とは関係がないのだけど、レンガの積み方にもイギリス積み、ドイツ積み、とあるらしく、この建物ではその両方が使われていた。
もう、数え切れないほどの酒造をまわってきているヒデさんの知識に、案内して頂いた方も驚かれる…。最近はそのせいで細かい説明が省かれるため、ヒデさん以外の僕らスタッフは完全に会話について行けない状態になっている…。

それから僕らは東京農業大学へ。この大学は、全国で唯一「醸造」の名を冠した醸造学科がある事で有名。穂坂教授にお話を伺う。
これまでに訪ねて来た幾つもの酒蔵で、度々ここの卒業生と出合って来たヒデさん。酒造業界の東大、とまで言われるこの場所を、1度は訪問してみたくなるのは僕も同じだった。車で校内へ入ると、ちらほらと学生の姿が。この旅でも以前、大分や金沢などで大学を訪問しているのだけど、やはりそこには独特の雰囲気がある。とてもポジティブな、希望のようなものをぼんやりとだけど感じる事が出来て、「良い場所だなぁ」と素直に思える。
麹室まである研究室に御邪魔する。スタッフ一同、部屋のにおいに気付き、目を合わせる。「あ、蔵のにおいだね、これ。」とヒデさん。何故か僕はそのにおいを嗅いで、落ち着きを覚えてしまった。
穂坂教授のお話は、蔵元で聞く「如何にうまい酒を造るか」より、当然、醸造技術というものに重点が置かれていた。ここでこうした醸造の基礎知識を学んだ人達が、その技術を持ち帰り、伝統を守りながら、それぞれ個性の違う酒を造っているのだと思うと、今後飲むお酒も、数倍美味しく感じる事が出来そうだ。