2010.05.14

奈良日記後編

最終日、いよいよ奈良の旅におけるクライマックス、大峰山の修験道での登山である。
朝の6時、集合場所の駐車場に向かうと、ディレクターの牧が、今回も同行している取材チームの川上さんにホッペタを「パチン!」と引っぱたかれていた。いつもの安いコントである。
小動物のような目をパチクリさせる牧。表情を変えない川上さん。その空間に漂う雰囲気が、とにかく安い。
あ、また朝からくだらない事やってる(笑)、と思って駆け寄ると、川上さんが声をあげた。
「山、甘く見てるだろ!」
 
よくよく見ると川上さんは全身、完全装備だ。見るからにグリップの利きそうなスニーカー、手袋にウィンドブレーカー。そして当然両手を空けておく為のリュックサック。トップとボトムのワンポイントをピンクでコーディネートまでしていて隙がない。
怒られていた牧も、いつも通りの格好とは言え、スウェットのパーカーにジーンズ、スニーカーというそう悪くない格好ではないか…。などと考えていると、川上さんが僕を見る。
視線を下から上へとゆっくりスライドさせてから、「そ、それで登る気?」と言う。
実は僕、事前に何の情報も調べてなかったのだけど、シャツにセーターにジャケット、そして手にはトートバッグ…。
「お前も山、甘く見てる??」
 
そんな緩い雰囲気で奈良市内を出発。最初の目的地の金峰山寺をめざした。車の中でヒデさんに、登山ってそんなに険しい道なんですかね?と訊ねてみた。
「いや、どうだろうね。たいした事ないと思うけど。」くらいの返事だった。ヒデさんの格好も、いつも通りだ。金峰山寺にて同行をお願いする山伏(やまぶし:修験道の行者)の方と合流、いざ登山口のある五番関へ向かう。
 
目的地に到着し、「登山口」と書いてある標識を見る。その先には、僕が想像していた緩やかな石の階段や土の遊歩道、脇には春に芽吹いた色とりどりの花たち…というのが全く見当たらない。というより、道がないではないか。
「えっと。 道は…道…あれ?これって、崖じゃないの?」
隣では、牧が道と呼ぶには険し過ぎる登山道を見上げたまま動かない。その姿はもはや電池が切れたドラえもんのようであった。ここでも同行頂いた奈良県庁の福野さん。彼曰く、片道だけで3時間はかかるという事だった。仕事を第一に考えなければならない僕はヒデさんに申し出た。
「あの、もしも僕がケガしてしまったら今後の旅に大変な支障をきたす事になりますので、僕はここに残った方がいいのではない…」
ヒデさん 「よし!行くぞ!」
申し出は完全に無視され、僕らは登山を開始した。大きな不安を胸に。
 

 
登山開始早々から、恐ろしいほどの傾斜を登る。10分か15分ほどで女人結界門へ到着。そこから先は女人禁制との事だ。僕の太ももには既に筋肉痛のような違和感が…。撮影という使命を持つ我々スタッフは、そこから先はヒデさんと山伏の前を行く事にした。
問題は、ヒデさんは山だろうが砂浜だろうが歩くのが速いという事なのだけど、僕らは懸命に先を急いだ。ここは我々チームワークの見せ所「旅ダッシュ」と呼ばれる連動された動きで撮影ポイントを素早く確保し、山伏の鈴の音と共に画角に入って来るヒデさんを待つ。
僕らはそんな素晴らしいまとまりを楽しみながら、黙々と先頭を歩き続ける川上さんの背中を追うように登山を続けた。
 
登山開始から1時間半ほどが経過した頃だったろうか、霧が濃くなってきて、僕らの視界を覆い始めた。気温もグッと下がり出し、平地では17℃以上あった気温は既に1桁にまで落ちていた。僕らの体もだいぶ慣れて来たのか、開始当初よりも体が軽い。ヒデさんは山伏の方と時に談笑しながら、呼吸を乱す事なく黙々と歩いている。
川上さんが独り言のように言う。
「バランスがいいよなぁ…。」
確かに、大きな石がゴロゴロ転がっていたりボコボコと穴があったりの、これほど足場の悪い場所でもヒデさんはポケットに手を入れたままスイスイと歩いている。僕は既に足首を木の根にぶつけて流血していたというのに…。
 

 
山頂にある大峯山寺まで後少し、という所で、「西覗き(にしののぞき)」という修行をする事になった。これ、とんでもなく高い場所に突き出た崖の上から、上半身を乗り出して崖の下を拝むという拷問のような修行である。
「両足を私達が掴んでいますし、ロープを肩に通すので大丈夫です。ただ手を拝んだ状態にして、決してその手を離さないで下さい。肩のロープが抜けますから。」
と山伏の方が平然と言う。全くもって大丈夫な感じがしない。こんな荒行を、誰が最初にやるのか。1人を除く僕らの視線は、その除かれた1人に集中した。
「へ?なんで…?」
とりあえず、牧がやってみる事になった。勇気のある男だ。尊敬する。
肩にロープを通されながらも、「なんで?なんで?」と僕らを見ながら呟く牧。なぜかみんながポジティブになって、「大丈夫だよ。絶対大丈夫だって。」と言い始めていた。
体を崖からズリだした瞬間、牧が叫ぶ。
「うぁーっ!!」
今度は足を掴んだ山伏が叫ぶ。
 
山「今までした悪さ…反省するかっ!?」
牧「は、はいっ!!」
山「ちゃんと親孝行するかっ!?」
牧「ひゃいーっ!!」
 
僕らは爆笑しながらも、いずれは回って来るだろう自分の出番が頭から離れなかった。
この修行では、「死」というものを身近に感じさせられる。自らの命が足を掴む山伏、即ち他の誰かに完全に委ねられている状態というのは、決して心地の良いものではなかった。
 

 
その後、目的地の大峯山寺に辿り着いたのは登山開始から2時間半後の事だった。かなり速いペースらしい。宿坊にてお昼ご飯を頂いたのだけど、温度計が示す2℃という表示を見て、川上さんの言っていた山の怖さをここに来て実感する。
山道は、とても5月半ばとは思えないほど美しい雪模様を見せていた。ヒデさんの表情も、1度も辛さを見せる事はなかったのだけど、それは多分にこの神秘的な雰囲気のおかげもあったかもしれない。
 

 
2時間ほどかけて山を降りる。途中、年長のカメラマン、高橋さんの膝が限界を超えて悲鳴をあげるなどのアクシデントもあったのだけど、なんとか全員無事に下山。
 
車に乗ると、まるで長い間現文明に触れてなかったかのような錯覚に陥った。
空いたお腹を紛らわすように、ペットボトルを口に運ぶ。そして体がなぜか、活き活きとしている事に気付く。心も何か、晴れている。険しく辛い山登りや西覗きという修行で自分は何を学んだのだろうと考えた。行きついた答えは、なんら新しいものではなかった。
与えられた人生に感謝する事、それ以外に思いつかなかった。自分自身の他に自然しかない場所で辛い思いをすると、体が欲するのは水だったり、同士との楽しい会話だったり。そして、人間という生き物のちっぽけさだったり。
既に使い古された言葉ではあると思うのだけど、実感する事はとてもシンプルな事ばかりだった。
そしてこの往復5時間近い修行はまさに、人生の縮図なのだと思った。それは旅にも言える事だけど、この修行を終えてから、自分の人生に必要な事がハッキリしたのは事実であって、それはとても重要な事なのだ。
 
次は京都へ行く。
 

■Staff Profile
日本全国47都道府県の旅で、現場マネージャー兼、カメラマン兼、ドライバーを担当。
10代でサッカーをするために単身ブラジルへ渡った経歴の持ち主で、
ポルトガル語・英語・フランス語を話す。