2010.03.24
三重日記
三重県の旅、ヒデさんと名古屋駅で合流。
新幹線の出口あたりで待っていると、大変な人ごみの中にヒデさんを見つけた。 浮いているのかなんなのか、だいたいどんな場所でもヒデさんを見つけるのは簡単だ。
初日、早朝6時前にホテルを出発し、伊勢神宮の正式参拝へ。 ここでの正式参拝では正装を、という事らしく、一年以上ぶりにスーツを着た。 少し面倒にも感じたけども、夏じゃないだけマシか・・とプラスに考えてみた。
内宮へ到着すると、早朝にもかかわらず既にちらほらとお参りに来ている人たちがいた。
ヒデさんと大島ディレクターを代表して、僕が手続きをしたのだけど、「お布施は幾らになさいますか?」と聞かれて、困ってしまった。
「ヒデさんはやっぱり、1000円じゃまずいだろ…。」などと考えて動きが止まってしまった僕に、窓口の方が目安の金額を教えてくれた。
正式参拝自体はほんの10分程で終わり、ヒデさんは少し敷地内を散策。ただ場所が有名なだけに人も多く、ヒデさんはあまりゆっくり回れなかったようだ。
その後酒造を幾つかまわってから、伊賀市にある「Kip’s」という喫茶店へ。 ここはヒデさんの友人である椎名桔平さんのご両親が経営されていて、椎名さんの結婚式の時にお会いしたというお父さんから、椎名さんの昔のお話などを聞きながら、ご自慢の伊賀肉を使用しているカレーライスとコーヒーを頂いた。
この旅のメンバーはなんと言ってもカレー好き。ものの5分ほどで綺麗に平らげ、一路、南へと向かった。
季節は3月の下旬、伊賀を出て1時間ほど走った頃だったろうか、大きなカーブを抜けた先に山間の景色が見えた。更に続くカーブを曲がりながらヒデさんが後 ろで「あ、桜だ。しかもなんかすごいなあそこ。」と呟く。 山道なので前方から目を離せない僕を除いて、助手席の大島君も何やら興奮気味だ。行ってみようという事になり、山間の一番低い所まで降りると、「下北山ス ポーツ公園」という看板が。確かにものすごい桜の景色が眼前に広がっていた。もう日も暮れかかっていた事もあり、車を降りたヒデさんと大島君はベストス ポットを求めて奥の方へ走って行く。
僕は彼らの後ろ姿を見ながら、山と池と桜が絶妙なバランスで作り上げた景色にしばし心を奪われていた。

「こういうのって、旅の醍醐味だよな。」 ヒデさんの言う通り、車移動してなければ絶対に来なかった場所だ。
気分を良くした僕らはまた車に乗り込み、日が暮れた山道をひたすら南下して行った。するとある標識が目に入った。 「ここから三重県」 あれ? 後から調べてみた所、下北山は奈良県だった…。
そう言えば以前、山口にいた時に島根の津和野へ、島根にいた時に鳥取の境港へと、勘違いしてフライングした 過去を思い出した。
翌日、朝一で「丸山千枚田」という高低差約100mもある日本最大級の棚田を見に行く。 この棚田というのは、日本にだけあるものではないのだけど、間違いなく日本の田舎の美しさを語る上では無視できないものだと思う。
ヒデさんはこれまでも、大分や山口などの山道で棚田を見つける度に、漫画やパソコンをほっぽって窓の外をじーっと眺めている。
この日は生憎の雨模様だったのだけど、到着するとヒデさんは傘を持って車を降りた。天気と季節、どちらも棚田を楽しむには適してはいなかったのかもしれな いけど、何百年と先人の農家さんより受け継がれ、今日に至るこの棚田からは、「歴史」というロマンを感じる事が出来た気がする。
ヒデさんの、何も言わずに棚田を見ている姿が印象的だった。

その後、伊勢型紙の木村さんを訪問。
型紙というのは着物の生地に柄や文様を染める為に使用されるものらしく、「紙を彫る」という珍しい文化らしい。
この彫る作業、「紙(和紙)」を彫るだけに非常に繊細な力加減が必要で気が遠くなるような細かい作業なのだけど、意外と小手先が器用なヒデさんがやはりハマった。
6畳ほどの静かな作業部屋で、木村さんの指導を受けながら、お茶も飲まずに気がつけば2時間近くも没頭していたヒデさん。
どうしてこうも集中でき るんだろう…と不思議に思う僕。そんな姿を見ながら、小学校の通信簿に「どうしてこうも落ち着きがないのでしょうか…」と書かれていたのを思い出した。

翌日、伊勢根付の中川さんを訪問。 根付とは、印籠や巾着などの紐を腰から提げる時に帯から落ちないよう留める為の道具として江戸時代からあるものらしい。
ちなみに無知な僕はこの根付にして も先ほどの型紙にしても、生まれて初めて耳にするものだった。伊勢ではその昔から、伊勢参りのお土産として重宝された事から、特に質の高い根付けが生み出 されたという。
中川さんの工房は、正に職人さんの働き場所と言えるほど、色々な道具が所狭しと並べられていた。
この中川さん、日本ではもう彼しか出来ない技術などをお持ちらしく、とてもすごい人なのだけど、とても親しみやすく、愛嬌のある方だった。
ここでも彫刻刀を持ったヒデさんが削りの作業にのめり込む。ここではペンダントトップの削り体験をさせて頂いたのだけど、小さなツゲの木を彫るこの作業、 5分もするとツゲを持っている方の手がとんでもなく痛くなるらしく、痩せ我慢のヒデさんも「いったぁ…」と漏らしていた…。
僕ならすぐやめてるだろな…と思ったけど、口にはしなかった。

最終日、鳥羽市にある宿を出て、名古屋駅までのおよそ160キロを北上。
途中、四日市市に入るか入らないかくらいの大通り。先頭で信号が青に変わるのを待っていた僕の前を、見慣れない何かが横切って来た。
「あ、猿だ…。」
思わず見たそのままを口にしてしまったのだけど、猿が普通に四つん這いで横断歩道を渡っているではないか。 その猿は、飄々としていて、ゆっくりと歩を進めている。ちょうど真ん中あたりまで進んだ頃、信号が青になってしまった。
僕は、危ないよ、という意味を込め て短めに「ピッ!」とクラクションを鳴らしてみた。するとその猿はこちらを向いた状態で、止まってしまった。
隣のトラックのお兄さんの視線がこちらに向いている・・。
ほどなくしてまた歩き出した猿。ただ、3歩ほど歩を進めては止まってこちらを向く、というのを繰り返し、結局僕らはまた赤に変わった信号を待たされてし まった。
それにしてもあの猿の姿は、威風堂々としており、色々な意味で何か羨ましくも感じた。
そう言えば、前日宿泊した宿の敷地内でも、車の前に急にイノ シシの親子が飛び出してきたのを思い出した。彼らはこちらに驚いた表情を一瞬見せた後、すぐにお尻を向けて小走りで道路脇の林に逃げて行ったのだけど、僕 はその何倍もビビっていた。
多分、悲鳴もあげた気がする…。 ヒデさんは、「こっちはお前の悲鳴にビビったよ!」と少し興奮気味だった。
次は滋賀へ行く。