2010.02.26

兵庫日記

四国を周り終えた僕らは兵庫へ。
鳴門大橋からの景色が素晴らしい。
橋を渡る途中、ヒデさんは徳島で見に行き損ねた「鳴門の渦潮」を思い出し、「ここから見えないのかな?」と橋の下に青く広がる海を覗き込んでいる。
そして僕らに聞こえるか聞こえないかという声でポツリと、「四国、良かったな。」と呟いていた。

まずは淡路牛の畜産農家である西岡さんを訪ねた僕ら。
ヒデさんらから少し離れた所で大人しく牛を見ていた僕。すると、座ってこちらを見ていた一頭がノソッと立ち上がり、こちらに寄って来て僕をジッと見つめている。
昼に淡路牛の美味しいお店に行く事になっていた僕ら。
「この後、食べに行くのか。」
と牛から言われた気がして、合わせた目を逸らしてしまった。
 

複雑な気持ちで行った「レストラン大公」
 
さっきまで頭に残っていた牛の顔は消え去り、完食。小食であるヒデさんのお肉をディレクターの牧と僕とで分ける。
「あ、牧に大きいのあげちゃった・・。」という僕に、「大人がそんな小さい事言っちゃいけませんよ。」と牧が言う。
美味しく楽しく食す事、それが牛たちへの恩返しだと思う。

お腹を満たした後、淡路が発祥と言われる人形芝居を観に淡路人形浄瑠璃館に行く。
これ、人形の動きが想像を絶するほど精巧で、指先まで細かく神経が通っているかのように微妙な動きまで表現される。奇妙な事に、その指先の小さな動きの表現が、動くはずのない人形の表情までも変えるような錯覚を覚えてしまう。プロの成せる技なのだろう。
 

夜は金鮓というレストランへ。
瀬戸内海の魚が美味い。アワビを苦手としていた僕に、ヒデさんが「いいからちょっと食べてみ。」と勧めてくる。
ヒデさんはお世辞を言わない人なので、ならば食べてみるかと箸を向けてみる。
うん?美味いぞ?
初めての味に感動する隣では、牧が盛られたウニを一瞬で平らげていた・・。
 
翌日、淡路島から明石海峡大橋を渡って本州側へ。
それにしてもこの橋、大きい。全長は3911mで、世界最長の吊り橋との事。素晴らしく晴れた空のもと、3車線の真ん中を心地よく走る。
視線の先に神戸の街並が見え出した頃、後ろでヒデさんが寂しそうに言った。
「なんかもう、海ともいっときサヨナラだなー。」
 

橋を渡ると、幾つもの道路が入り組むジャンクションに差し掛かった。ナビの画面にはこれまでの旅では見た事もないほどに何本もの道路が表示されていて、一瞬僕は戸惑ってしまった。都会は大変だ・・。

高速道路を降り、まずは弓削牧場へ。
閑静な住宅街を走りながら、こんな所に牧場と呼べる場所があるのだろうか・・と少し不安になりつつも無事到着。
神戸は三宮から車で僅か20~30分とは思えないほど、そこはまさに牧場だった。牛舎には絵に描いたような白と黒の乳牛の姿が。
ここ弓削牧場のまわりは現在、どんどんと住宅地化が進行しているらしい。
牧場には当然、土や草、そして牛の匂いが溢れていた。土の上を歩いて、靴が汚れる事さえ気にもならないほど、体が居心地の良さを訴えていた。可愛らしい子牛を見て、こういう場所はどうしても守り続けて欲しいなと、心から思った。
 

夜、ヒデさんの友人らと会食をした後、その日の宿「御所別墅(ごしょべっしょ)」に戻ったのはもう日付が変わろうかという頃だった。
チェックインの際、明朝の出発が5時のため、「明日は朝食はなしだね・・」と2人で肩を落としていると、その姿を不憫に思われたのか、宿の方が「お弁当をお届けしましょうか?」と申し出て下さった。いえいえ、朝早いですし悪いですから・・と一応は断る素振りを見せるも「本当にいいんですか??」と声を揃える僕と牧。
何度も書いているが、旅の1日は長いため、朝食は非常に重要だ。
翌朝、部屋を出るときちんと2人分の朝食が袋に入れられ、用意されていた。
人のホスピタリティによって、僕らの旅はどれだけでも豊かになってゆく。
 
翌日、まずは姫路城へ。
広い。大きい。さすが日本三大名城に数えられるだけある。
意識してまわりを見渡せば、身近な所にまだまだ昔の日本を感じる事ができる場所がある事に気付かされる。
昔からある場所に行き、その雰囲気に触れると、我々が知り得ない、過ぎ去った時間をふっと感じる事ができる。
「昔はこの城のまわりはチョンマゲの人がいっぱいウロウロしてたんだろな・・。」などとその時代に思いを馳せ、その場所に今自分が洋服を来てスニーカーを履いて歩いているんだな、と自分を重ねてみる。ヒデさんに至っては、サングラスに革ジャンである・・。
すれ違うチョンマゲの旦那が僕らを異物でも見るかのように見ている・・と妄想してみる・・。
なんとも楽しいではないか。
 

姫路から今度は北へ約85キロ、豊岡市の出石(いずし)町へ。
柳行李(やなぎこうり)という、コリヤナギで作られる籠の唯一の作り手である「たくみ工芸」の寺内さんを訪ねる。
寺内さんの、腰を屈めて作業するその姿は如何にもキツそうだ。
職人を目指して来る若い人もいるらしいが、なかなか続かないという。それでも、もの静かに見える寺内さんはなんとかその伝統を残そうと、日々製品作りに励まれている。
そこにはやはり、ある強さを感じる。旅で出会う人たちのその強さとは、往々にして内に秘められたものなのだ。
 

たくみ工芸を出ると、「少し街を歩こうか。」とヒデさんが車を降りた。
ここ出石の街並は、「但馬の小京都」と称される事もあるらしい。
車で待つ事15分ほど。ヒデさんが煎餅を手に戻って来た。
その煎餅を食べながら、醤油味かザラメか、という話になった。
牧は醤油、僕はザラメ、ヒデさんもザラメ。
「牧、一番若いのに、見かけだけじゃなく味覚までおっさんだな(苦笑)」
というヒデさんの発言で和んだ車中だった。
 
翌朝、6時半に城崎(きのさき)の宿「城崎 円山川温泉銀花」」を出発。
目指すは浜坂港「松葉ガニ」。日本海を右手に見ながら、くねくねの道を西へと進む。
途中ナビがおかしくなり、車が海上を走ったりして運転する僕をアタフタさせる。
その都度、「こっちかな?こっちでいいよね?」と道を知るわけもない助手席の牧に確認するのだけど、彼は無言のままだ。
最近僕が道を間違える度、「ほら牧が話しかけるからぁ!」と彼のせいにするのを根に持っているのかもしれない・・。
 
到着するとヒデさんの友人のセニョールがいた。朝4時に大阪を出て来たらしい・・。セニョール、と呼ばれているがモロ日本の方である・・。
この日は漁師さんの邪魔にならないよう市場を見学し、その後で1日で2600万円分のカニを獲ったという伝説の方で、現在は浜坂町の漁業組合理事長をしておられる川越さんにお話を聞いた。
お話の途中、次々と獲れたての松葉ガニが部屋に運ばれて来る・・。
セニョールが耳元で囁く。
「村上ちゃん、ツイてるねぇ。こんなのなかなか食べれないよ?」
感想から言うと、絶品だった。プルップルしていた。
もう一度言う、プルップルしていたのだ。
 

ここで頂いた蟹は、何の疑いもなく、これまでに食べたどんな蟹よりも美味しかった。それは新鮮さどうのの問題ではなく、である。
漁師さんたちが命がけで獲ってくるものを、僕らは普段レストランで食べて、美味しいと言う。
もちろんその言葉に嘘偽りはないし、いちいちどんな経緯でそれが獲られたものかを考える必要もない。ただ、何にしても、背景を知る事によって口や手にするものに感じる価値は確実に変わるのだと思った。
 
次はいよいよ大都会、大阪へ行く。
 

■Staff Profile
日本全国47都道府県の旅で、現場マネージャー兼、カメラマン兼、ドライバーを担当。
10代でサッカーをするために単身ブラジルへ渡った経歴の持ち主で、
ポルトガル語・英語・フランス語を話す。