2012.11.27
宮城日記後編
4日目、この日は少しゆっくりな朝。まずは9時から大崎八幡宮にて正式参拝。天気に恵まれ、気持ちの良い朝からスタート出来た。

それからいちご農家の小野清一さんを訪問してから、仙台曲がりネギの栽培をされている、佐藤俊郎さんを訪問。
場所は仙台市の宮城野区。海が近い事もあってか、風が強く、冷たい…寒い…。
仙台曲がりネギの特徴は、甘さとやわらかさとの事。一般的なネギの栽培方法と色々違う部分があるのだけど、それは地下水位が高いというこの宮城野区特有の土地柄によるものだそう。栽培の仕方も、時期によっては路地で植えている長ネギを1度抜き、ビニールハウスに移してからもう一度植える「やとい」という作業があったりと、全てを手作業で行うとの事で大変な手間ひまがかかるとの事。
このすぐ近くが実家だというヒデさんのスタッフに、「曲がりネギって知ってるよね?」と電話で訊ねたところ、「あ…知らないっす…」という返事が。知る人ぞ知る良いものは、意外と身近な所にあるのだなぁと思った。

この日は最後に株式会社一ノ蔵さん、ハートフルランドジャージー牧場さんを訪問して終了。
5日目、まずは朝から金の井酒造さんを訪問し、午後は鳴子漆器の後藤常夫さんを訪問。伊達政宗の命により漆器造りが盛んになったという鳴子。その土地ならではの産業として、現在でも多くの職人さんが工房を構えているという。
「鳴子というとこけしが有名だけども、漆の方が歴史はあるんです」
この日も外は3℃。「東北はやっぱり寒いですね」というヒデさんに、「このくらいはなんともないですよ」と後藤さん。
これまでに手掛けられた数々の作品を見せて頂く。これまでに見た事のない技法で作られた作品もあったようで、それらに見入るヒデさん。

話の中で、ヒデさんが後藤さんにアイデアをぶつけて行く。これはとても勉強していないと出来ない事なのだけど、今となってはヒデさん、この旅以外の時間でも、それこそ全国に足をのばして色々な作家さんに会いに行ったり、地方の工芸展などを見に行っているらしい。例えそれが出来る自由があったとしても、なかなかそこまで出来る人はいないと思う。
「なかなか良さをわかってくれる人はいないからね。嬉しいね」
と後藤さん。ヒデさんとの、「こういうのがあったら面白そうですね」というような会話に対しても、「うん、あぁそうか、と思います。人の話を聴かないと、自分だけでやってるとわからないですからね」
自分だけでやっているとわからない、と話す後藤さんだけど、こういった考え方が出来て、人の話に耳を傾けられる方はそう多くないと感じる。この方の心にもやはり、垣根は見当たらなかった。

その後は仙台味噌の今野醸造さんを訪問。古川という土地で育った大豆で作られる仙台味噌は、他の味噌よりも大豆の分量が多く、甘味よりも旨味がより引出されるという。こちらの原料は全て自家栽培というこだわり様だ。
蔵に一歩足を踏み入れると、味噌、醤油の香りが鼻から身体へと染み入って来る。この香りには、やはり精神を落ち着かせる何かがある。
蔵を見学させて頂いた後で、利き酒ならぬ、利き醤油と利き味噌を体験させて頂く事に。お刺身までご用意頂き、丁度お腹を空かせた僕と牧は、目を合わせて声に出さずに喜ぶ。こんな時でも、ヒデさんは無言でしっかりそれぞれの味の違いを見極めていたのが印象的だった。

それから最後に山和酒造さんを訪問してからこの日は終了。
そして最終日。
まずは木のしごと樹々の齋藤英樹さんを訪ねて東北工業大学へ。
この日は土曜日だったので、学生達の姿はあまり見当たらなかったのだけど、学校という場所はいつ来ても気持ちが昂る。どうして学生時代に同じような気持ちにならなかったのだろう…などと考える。
齋藤さん、2005年から「木のしごと 樹々」を立ち上げ木工作家として活動を開始されていて、今では平日、ここ東北工業大学にて教鞭も取られている。
作品が展示されている部屋へと入ると、ヒデさんの表情が明るくなった。本当にこの人はデザイン家具が好きなんだなと思う。

その後作業室へと移動し、話はデザインとコストについてへと飛躍する。
「こういうもの(デザイン)があればいいな、というものの大半は、コストの問題で実現していないんじゃないかと思います。ある学生がスツールを作っているのですが、自分がやるとしたら、1脚100万円じゃないと到底やれないものだったり…」
確かに、現実的な物作りに於いてコスト面は無視出来ない。けど、ここからの話が面白い。
「けど、そういうスツールを作る試みって、学校でしか出来ないんですね。例えば、自分だけで制作をやっていると、どこかで勝手に制限を掛けてしまったりするのですが、学生のそういう自由な発想を見て、あ、そうかって教わっている部分も実は多いんです」
この方も、柔軟な思考で、先入観を持たずに色々な所からヒントを得る力を持った方だった。そういうある意味「素直」な姿勢は、自分の可能性をひろげる上で、欠かせない要素なのかもしれない。

そして宮城の旅の最後は、陶芸作家の岩井純さんを六華窯に訪ねた。
とても穏やかな雰囲気の岩井さん、毎年イタリアへ行かれているという事で、ヒデさんとローマやペルージャの話で盛り上がる。
沢山並べられた器たちは、どこか宇宙を感じさせる、引き込まれる様な作品だった。

そしてこのご自宅兼アトリエのあるこの場所。
ここは日本なのか…と思える程、まるでヨーロッパのような雰囲気があるのだけど、仙台市内から車で速ければ30分程度との事。
隣はゴルフ場の芝生の養生施設との事で、窓の外には整理された美しい緑が広がっていた。

ヒデさんも、素焼きの皿に針で模様を入れる体験をさせて頂く。皿の中心から、放射線状に針で直線を入れて行く。相変わらずの器用さを見せるヒデさん。「これでどうだろう?」と満足気な表情で宮城の旅を締めくくった。

他県から転勤などで宮城県に来ると、そのまま住み続けたいと思う人がとても多いと聞いた。どうしてだろうと気にしていたのだけど、訪問先の人と触れ合って行く内に、何となく僕なりの答えが導けた気がする。
例えば仙台市民の方々は、仙台弁があるにもかかわらず、全く訛りのない標準語を話す。それは僕の地元九州では考えられない事なのだけど、そのおかげで、僕は度々自分がよそ者だという事を忘れてしまう事があった。そしてそれは、とても心地良かった。
仙台市に限らないのだけど、宮城県民には、違う事を受け入れるという広さがあるように思えた。それは物作りをする人が、素直に素人や学生の意見を受け入れ、参考にする事と、どこか繋がっているような気がした。
東北の旅はつづく。