2010.02.10
香川日記
香川。ゆるやかな山並に青い海。いかにも四国の町らしい景観が続く。
香川といえばうどん。早速坂出市にある日の出うどんへ。
ここはうどん屋さんというよりは製麺所。
ただ地元のお客さんがここにねぎやどんぶりを持って来てその場で食べ出した事から、1日の内でお昼の1時間だけうどんを振る舞う事にしたという。
ここでは初めて釜玉うどんを食す。純粋にうまい。シンプルなのだけど、個人的にはかなり高得点を付けたいくらい美味しかった。
感じとしては卵かけご飯のうどん版だ。麺と卵と少しの出汁、ただこれが全く食べ飽きさせる事がないのだ。
ここでは女将さんである三好さんに対応して頂く。快活で、表情から明るさが溢れている方。他のスタッフの方々も同じように元気で明るい。良い職場だな、と思わせる雰囲気がこの製麺所にはあった。
三好さんは当然のように毎日うどんを食べるそうだ。それを聞いてヒデさんはびっくり。
けど、実際うどんは毎日でも飽く事無く食べられる。以前うどん屋で働いていた僕は、実際に毎日食べていたのでよくわかる。

その後、日香川漆器職人である大谷さんを訪ねた。
漆に触れるとかぶれるという事前情報を聞いていた僕ら。触れずとも、近寄るだけでかぶれたりする事もあるとかないとか…。
到着前の車中から「僕はあまり近寄らないようにします…」と言う僕に、「大丈夫だろ。そんな誰も彼もかぶれてたら、職人さんも仕事にならないだろうし。」とヒデさんが言う。
「そうですよね…。大丈夫ですよね…。」と答えつつも不安は拭えない僕。
そして現場に到着。静かな住宅の2階の部屋が大谷さんの作業場だ。作業机から一番離れた場所をササッと、けどあくまで自然に陣取った僕。今まで嗅いだ事がない匂いがしていた。漆の匂いなのだろうか。
一通り説明をして頂いた後、いざ塗りの体験へ。
するとヒデさん、「かぶれると聞いたんですが、大丈夫ですよね?そんな、まさか誰でもかぶれるって訳じゃないですよねぇ?」とやけに大谷さんに確認をしているではないか。
やっぱり…ちょっと怖いんじゃん…と部屋の隅で笑いを堪える僕。
「大丈夫ですよ。」と笑顔で答える大谷さんに安心感を与えてもらい、体験は問題なく始まった。
大谷さんの漆器は、しっかりと編み込まれた竹を漆で固めて作られるとの事なのだけど、これが驚くほど、というより、ヒデさん曰く「一見洋食器のよう」に光沢があって、まさか竹で作られているとは思えないほどに美しい。

ここでは竹のお話に。今はプラスチックのものがほとんどだと思われるが、昔よくあった竹で作られた「30cm定規」。あれは竹でなければいけない理由があるらしい。
なんでも、他の材木では湿気などで木が反ってしまったり縮んでしまったりする事があるらしいのだが、竹にはそれがないとの事。
これ、昔の人であれば常識らしいのだけど、僕は全く知らなかったというより、考えた事もなかった…。
夕方には高松へ移動。
宿泊する直島のベネッセハウスへ行く為に、高松港からフェリーでの移動だ。
直島へは高速船で約1時間かかるのだけど、この旅ではこういう船移動でもない限り、同じ場所でじっと時間を潰すという事はまずないので、何か妙な新鮮さを感じた。
ちなみにヒデさんはこの1時間も、僕と大島ディレクターの何の生産性もない会話を意に介す事なく、淡々とパソコンで仕事をしていた。
2日目、朝からまずはベネッセハウスミュージアム、そして家プロジェクトなど、ベネッセが行う現代美術にかかわる様々な活動の一端を、キュレイターである徳田さんに案内して頂いた。
徳田さん、独特の親しみやすい雰囲気を持った方で、ヒデさんとももう何年も知り合いかのような雰囲気で話をしている。
聞けば、会うのはこれで2度目だという。どこかフィーリングが合うのだろう。とても自然で、僕らもとてもリラックスしてまわる事ができた。
直島は瀬戸内海にある小さな島なのだけど、町を歩けば至る所にアーティスティックな家などを観る事が出来る。岡山の犬島アートプロジェクトでも思った事だけど、アーティストが考える事はやはり凡人離れしている。
家プロジェクトでは、一つの民家の中に5m近くある自由の女神がいたりした…。1階ではその胸から下が見れ、2階からは胸から上の部分が見れるという具合だ…。どこかのパチンコ屋さんにありそうな、そういう身近な感じのする女神だった…。
そして驚くべきは実際に入浴できる銭湯である「I ♥ 湯(アイラブユ)」。
何に驚くって、その外観よりもなによりも、そのネーミングだ。
もろ、ダジャレでしかないその名前を聞いてから、アーティストの考える事が増々わからなくなってしまった。

その後は直島から小さな船でお隣の豊島(てしま)へ移動。
こちらでもベネッセのアートプロジェクトが展開される予定で、まだ工事中の建築物などを見てまわった。
竹が密集する林の奥へ行くと、そこには池(沼?)があった。
「こんなとこに何があるの??」と思わせるような場所だったのだけど、その池の中央にアート作品が浮かべてあったりする。直島と豊島。驚きの連続だ。

途中、小腹が空いた僕らは軽食を食べに「いちご家」へ。
話を聞くと、こちらではいちごの栽培もされているらしく、農園を見せてもらう事に。徳島で行ったいちご農園となんとなく違うな、という印象を受けた僕ら。よく見ると、いちごが地面ではなく、高い台からぶら下がっているではないか。

店主曰く、脱サラして農家になる人の3割もが腰を痛めてやめて行くらしい。であれば腰を曲げずに作業をすればいい、という事で考え出された手法がこれとの事。
こうして新しい世代の新しいやり方が生まれて行くのだろう。そしてそれは、農業も伝統工芸も同じなのだな、と感じた。
三日目は小豆島へ。
まずはヤマロク醤油さんを訪問。五代目の山本さんにお話を伺う。
創業時期は正確には不明との事だが、「おばあちゃんの話からすると、多分江戸時代頃にはもうあったようです。」という。
薄暗い蔵に入ると、約6000リットル入るという大樽が立ち並ぶ。もうどのくらい昔から使われているのか想像も出来ないほどに年季が入っている。その樽には、何年もの歴史の中で住み着いた菌がいるらしく、その菌こそが醤油作りの主役であり、自分はその手伝いをしているだけだと山本さんは言う。
非常に謙虚な言葉だが、山本さんからは強いこだわりを感じた事もまた事実であった。
小豆島では他に、森國酒造さんも訪問。
お酒の話を伺った後、同じ敷地内にあるカフェバーへ。とてもレトロな雰囲気で、非常に落ち着ける場所。夜は近所の方々で賑わうらしい。ここでしばし休憩。ヒデさんはコーヒーを、僕はコーヒーと蕎麦まで頂いてしまった…。

小豆島を出て、今度は綾川町にある山越うどんへ。
こちらでも何種類かうどんを頂いたのだけど、僕はやはり釜玉うどんだ。もう、完全にハマった。次の予定があったのでゆっくりは出来なかったのだけど、また必ず戻ってくるぞと店の看板を振り返りながら車に乗り込んだ。
そして夕方にまたまたうどん屋さんへと向かった僕ら。
今度はまんのう町にある山内うどん山内うどんへ。ここ、水は山の天然水を使い、さらに薪炊きの釜でうどんを茹で上げるというこだわりぶりだ。
ここでは手打ちの麺作り体験をする事に。
エプロン姿のヒデさんが、生地を足で踏み踏みしてコネ、それを今度は棒を使ってのばし、そして最後に包丁で麺の太さに細かく切る、という行程を1時間以上かけてこなした。

もう僕は正直、店に入った時からそこに充満する出汁の匂いのせいでお腹が急激に空いてしまい、「体験よ、早く終わってくれ!」と頭の中で叫び通しだったのだ。
そしてやっと体験が終わり、ヒデさんが作った麺を食べたのだけど、ズーズーとうどんをすすりながら、そう言えばヒデさんが作ったものを食べるのは何度目だろうか、などと思い返していた。
沖縄でのサーターアンダギー、福岡は久留米のふかほり邸でのパン、そして徳島は祖谷そば。このうどんで実に4つ目だ。この先、多分まだ増えるだろう。
香川はうどんがとても有名だけど、東京にいても食べる事は出来る。けど今回ほど、うどんを家庭的な雰囲気の中で食べた事はなかったと思う。
香川のうどんが有名なのは、ただうどん屋さんが多いからでも県民がそれを食べる頻度が高いからでもないと思う。やはり、それぞれのお店にそれぞれの強いこだわりがあるからだ。だから僕らのように1日に何軒でも回って食べる事ができるのだ。
次はここ香川に、もっとゆっくり来たいと思った。うどんだけでなく、ここ四国の人、そして風土がひどく気に入ってしまった。
次は大きな橋を渡って、兵庫へ行く。