2009.06.09
ROME
Rome時代一緒にプレイしたVincent Candelaの引退試合の為に、久し振りにRomeに行ってきた。
考えてみると、Romeに行ったのは3年ぶりだった。
イタリアには、Milanoを含め、たまに行くことはあるのだが、Romeには何故か縁がなく、昨年の夏に空港に寄った以外は、街に行く機会はなかった。
それだけに、今回は試合の為とはいえ、こうしてRomeに来られることが本当に嬉しかった。
イタリアでは5つの街に住んだが、1番好きな街を挙げろと言われたらやはり
Romeをあげると思う。もちろん、最初に住んだ街”Perugia”も感慨深く、大好きな街だが、やはりRomeはRomeである。
歴史がある街なのだが、新しいお店もどんどん出来る。
大きそうな街なのだが、実際には、街の中心は結構小さく、みんなが顔見知り。イタリアと言えば、Milanoの方が中心的に思えるかも知れないが、実はRomeの方が、新しいお店もどんどん出来て、遊べるところも多いと思う。
<中略:ROMAへ移籍した当時のイタリアならではの苦労とは!?>
そんなRomeだが、移籍してきた当初は本当に苦労が多かった。
何が大変だったかというと、とにもかくにもパパラッチ。
毎日パパラッチ数人が、練習場と家を追いかけ回してきた。プライベートなど全くない、そんな生活がずっと続いていた。
さらには、Romeファンの熱狂ぶりもあり、落ち着いて食事が出来るレストランを探すのにも一苦労した。レストランだけではなく、ちょっと出歩いたり、ちょっと
飲みに行くことでさえ大変だった。しかし、一度それに慣れ、どこに行ったらいいのか自分の居場所が分かると、Romeは非常に楽しい街だった。
イタリアにはもちろん沢山の友達はいるが、イタリア人でのBest Friendと呼べる人間はRome出身でRomeに住んでいる。今回も、彼が空港に向かえに来てくれた。
彼は、家具屋さんの息子で、Rome以降も、自分の家の家具は全部彼のところから買った。さらには、俺がインテリア好きというのもあって、
毎年4月にMilanoで開かれるSaloneという家具市にも良く連れて行ってもらっていた。ちなみに、彼はもちろんRomeの熱烈なファンだった(俺が引退をしてからは、あまり見なくなったらしいけど・・・)。
<中略:いきつけレストランでおきた、ROMAファンとのエピソードとは!?>
Romeにはいくつか行きつけのレストランがあるのだが、今回はその中でも特によ く行っていた”Gallura”というサルデニア出身の店主がやっている魚貝が旨いレストランに行った。Romeに来て魚が食べたくなったらここである!!前菜だけで も6、7種類くらい出してきてくれて、正直パ スタを食べたらメインは絶対に食べ られない。でも、その前菜の旨さに、どうしても最初からいっぱい食べてしま
う、というレストランだ。ここの店主は、ワインの知識も豊富で、毎回新しい美
味しいワインを教えてくれる。昔ここで1度、虫が入っているチーズを出された
ことがある。もちろん俺は食べられなかったが、チーズ好きにはたまらないよう
だった。
嬉しかったのは、車寄せの人からウェイターまで、俺がRomeにいた頃の人ば
かりで、みんな俺のことを覚えてくれていた。
店主は俺が野菜を食べられないことまでちゃんと覚えていてくれて、野菜抜きで食事を出してくれた。やっぱり、こういう行きつけの店が世界中に出来ると嬉しいもんだ。覚えている、という意味では本当にRomeのファンは暖かい。未だに、本当に多くの人が俺に対して”あのJuventus戦のゴールが・・・”などと語り、”有り難う、有り難う”と言って来る。もちろん大事な試合だったとはいえ、俺にしてみればただの1ゴール。でも、Romeファンにとっては一生のゴールのような価値があるような感じだ。
さて、試合の方だけど、まずは何よりも久し振りにあの当時のメンバーに会えた のは本当に嬉しかった。残念ながら、全員が集まることは出来なかったが、それでも半分以上のメンバーは集まった。なんと、シーズン中なのにもかかわらず現在中国の天津でやっているTommasiまでやってきた。彼とDi Francescoと俺の3人で、よくシーズン前の合宿中に走りで競争したものだ。まあ、Tommasiの走力は化け物じみていたが・・・(苦笑)。
他にもTottiからAldair、Del Vecchioや Montellaなどから、当時は若くて2軍でやっていたDe RossiやBovoなどもいた。
一方、フランス代表の方は、昨年の「仏代表W杯優勝10周年記念試合」のときも俺は試合に出ているし、別の場所でもあったりすることもある選手も多くて、もう結構顔なじみだった。昨年のTAKE ACTIONの試合に来てくれた選手もいるし、ラモシや、デサイー、ジョルカエフなど以前から結構仲良くしている選手も・・。でも、こうやって同窓会的にみんなで会えるのはやっぱり楽しい。ランチからして話に花が 咲き、かなり長い時間テーブルに付いていた。
スタジアムのOlimpicoはこの間、Champions Leagueの決勝が行われたばかりということもあって、改装されていてかなり綺麗だった。俺がいた当時とはロッカー ルームに入るまでから、中まですべてが違った。ただ、トレーナーとかは当時の人もまだいて、本当に懐かしかった。
でも、それ以上に嬉しかったのは、ロッカールームに入ったとき、自分の背番号8のユニフォームを見たとき。その瞬 間、昔の思い出がよみがえったというか、当時にタイムスリップ したというか・・。背番号まで同じ用意されているとは思わなかったから、本当に嬉しい驚きだった。
俺は実はかれこれ1ヶ月ほど咳が止まらずに、サッカーの練習はおろか、ランニ ングすら出来ずにいた。今回も、カンデラにこんな体調だから試合には出られないと言うことを伝えたが、それでも是非とも 来てくれ、とのことだったので、Romeまでやってきた。やっぱり、こんな機会がなければみんなに会えることもないし、例え試合に出られなくても、日本から来る意味があると思ったから・・。
が、実際にスタジオに入ると、カンデラ以下、監督役のBruno Contiまで選手がいないから試合に出ろという。っていうか、話が違うじゃないか~。でも、実はここまで全く良くならなかったら症状が、Romeに来たとたん急に良くなってきた。なので、例え5分だろうが、10分だろうが駄目だと思ったら交代する、という条件付きで試合に出ることにした。スパイク、持ってきて良かった・・。
選手は1人1人紹介されてピッチに入っていく。俺は昔のように“ショーグン”と紹介されピッチに入っていく。このOlimpicoのピッチに、こうしてまた立てるとは思ってもいなかった。しかも、Champions Leagueが終わったばかりのこのピッチに・・。やっぱり、ピッチは良いものだ・・・。
そうして、試合が始まる。
試合は、残念ながら予想をしていたとおりにメリハリのないスローな試合になってしまった。こういうCharity Matchのような試合では、メリハリがあり魅せられる試合というのは本当に難しいものである。
この点については、TAKE ACTIONの試合でも1番気を使っている部分。昨年の「仏代表W杯優勝10周年記念試合」のときにはかなり良いパフォーマンスをしていたフランス代表でさえ、この試合ではパフォーマンスが落ちていた。これが年齢というものなのかな・・。
俺達のTAKE ACTIONのチームも気をつけないと・・・。
<中略:ヒデとカンデラとの懐かしいエピソードとは!?>
試合後は、CandelaがRomeファンの前で挨拶をして終わる。Candelaという選手は、特別に足が速かったとか、テクニシャンだった、という選手ではないと思う。でも、その無理が利くプレイが出来る選手としては俺が見てきた中でもトップクラスに入ると思う。本当に面白いサイドバックだった。私生活ではめちゃめちゃが好きな奴で、ハーレーダビッドソンを買ってバイクを走らせたり、飲むときにも本当によく飲んだ奴だった。いつも陽気で、みんなの輪の中心にいつもいた存在、それがCandelaだった。
今回、こうやってあの2001年の優勝時のメンバーに再会できる機会を与えてくれ
たこと、そしてRomeにまたゆっくりと来られる機会を作ってくれたこと、最後に
Castel Sant Angelo(ローマのテヴェレ川右岸にある歴史的な城塞。ここで試合後のパーティーが行われた)入る機会を作ってくれ
たことを心からCandelaにお礼をしたいと思う。そして、お疲れ様・・・。