2007.04.30

Tibet!!

4月も今日が最終日。季節も春を過ぎて、徐々に初夏の香りさえ感じるころ。今までだったらこの時期は、シーズン終了まで、あと数試合、というところを迎えて、優勝やUEFA CUP、はたまた残留を目指して激しい戦いをしていたところ。まあ、それと同時に、この戦いが終わったら、どこにバカンスに行こうかなあなんて考えていることも多かったかな(笑)。しかし、今年は、この先の旅のスケジュールや、色んな事をなんと、AustraliaのAyers Rockでぼんやり考えている。

 

ちょっと前に行ったTibetだったり、ここAyers Rockだったり、こういった場所に来ると、やっぱり色々と考えさせられるというか、考え過ぎないことを考えさせられるというか…という状態になる。何と言うか、自分の目の前にあることが、全てであり、それ以上でもそれ以下でもない。

 

自分がコントロール出来ない、遠くで起こることや、人の考え方について、心配したり怒ったりしても、意味がない。目の前にあることを正しい目で受け止め、それを受け入れ、自分がその中でやれること、やりたいことを精一杯やれば良い。そんな考えを最近持つようになった。

 

まあ、もちろんこれは言うのとやるのとでは全く違うし、本当に難しい。もしかしたら、今こういう生活をしている俺だから思うことなのかもしれないが…。

 

 

さて、さっきも話に上ったチベットの話を今日は…。

 

 

最初チベットに行こうと思ったのは、中国からチベットまでの列車が開通したと聞いたから。じゃあ、ぜひともその列車に乗ってみたいな、と思ってチベットに行くことを決意。まあ、ロシアを横断するシベリア鉄道に一度は乗りたかったってのと似ているかな・・。が、結論から言うと今回はこの列車には乗れず、結局北京から成都に入って、そこから拉薩(ラサ:チベットの首都)まで飛行機で行った。北京に最初に入ったのは、北京に住む中国人の友達が一緒に行ってくれることになっていて、そこで合流することになっていたから。

 

北京で一晩過ごし、翌日の午前中のフライトで、拉薩まで。このフライトは、成都でいったん降りたが、同じフライトでまた拉薩まで飛ぶフライトだった。拉薩行きのほとんどのフライトはこの成都から、または成都を通る。成都は英語で言うと、“Chengdu”。この成都は結構大きい街らしく、日本の会社も結構あるのか、日本人も結構住んでいるらしい。先日、俺が“勤める”東ハトの株主である山崎パンの関係者と話をしていたときに、成都にお店がもうすぐ出来る、という話を聞いた。日本からも成都までは直行便も飛んでいるらしい。

 

さて拉薩に着いて最初に思ったことは、太陽が近い!!ははは…。それは当たり前か・・。拉薩の標高は約3600m。さらには、その為か標高が高くても日差しが強く、思っていたよりもずっと暖かかった。しかし、着いてすぐはあまり息苦しさも感じず好調だった。空港から街までは、車で約1時間。拉薩で良いとされているHotelはどこのネットで検索しても“Lhasa Hotel”と出てきた。が、この中国人の友達が言うには、昨年新しくできたばかりの“Brahmaputra Grand Hotel”が良いという。なので、今回はそこに泊まることに。入ってビックリ。こんな良いHotelがあるとは…。英語はもちろんきちんと通じるし、ハイスピードのインターネットもつながる。サービスも良いし、部屋も非常に綺麗。唯一の問題は、ベッドが異常に硬いこと。で、何でこんなにベッドが硬いのかな~と思ってHotelの人に質問してみた。そうしたら、チベットの人は硬いベッドが好きで、Hotelのベッドはそれでも柔らかい方だと言っていた・・。でも、それを聞いても信じられないくらい、Hotelのベッドは硬いんだよね~。はは…。

 

さて、素朴な疑問。チベットではどんなものを食べるか。それは、何をとっても1番大事なのは“ヤク”!!あの、高地に住んで黒髪の長い動物。このチベットでは、何をとってもこのヤクが非常に大事な食糧。日常的に水のように飲むもので“Butter Tea”というモノがある。これがまた非常に癖があって正直飲みにくいんだけど、ヤクのミルクから出来ている。それにしてもこのバターティー、俺が毎日のように通っていた“大昭寺(ジョカン)”という修道院でよく出してくれたんだけど、これがまた礼儀作法らしく、必ず3度注ぎ足してくれるんだよね。正直俺には不味くて、申し訳ないがほとんど飲んでいないのにもかかわらず…(苦笑)。他にはこのヤクの毛を編み込んで織物をしたり、もちろんその肉を食べたり。ヤクの肉は歯ごたえはビーフのようだけど、ラムのような癖がある。

 

他にはやっぱりラムは結構食べる。俺がある晩連れていってもらったチベット料理のレストラン“Phin Tsok Ge Don Restaurant”では、ラムの足が1本出てきた。しかも、特に何の味付けもなく、ただ焼いただけ。ここではかなり高級料理のようだったが、さすがにきつかった~(苦笑)。ちょっと辛みのある香辛料を付けて食べるか、醤油を付けて食べるか(醤油はどこにでもあるね~)。仲良くなったジョカンの僧がおもてなしとして出してくれただけに、頑張って食べたけど、それでも限界があったね~。

 

この他、もちろん野菜なんかもあったけども、もちろん俺は食べず(苦笑)。あと、チベット料理じゃないけど、チベットにはネパール料理、中華料理、インド料理などがあり、噂では韓国の料理屋さんもあるとか・・。でも、日本食屋さんはまだ無いとのことだった。ちなみに、俺が初日に行った “Lhasa Namaste Restaurant”はインド料理が結構美味しかった。

 

言語は基本的にチベット語。が、ほとんどの人が中国語を喋ることが出来る。中国からの出稼ぎも多いし・・。しかし、修道院ではもちろん、チベット語でお経(?)を唱えたりする。一緒に行った俺の友達も、チベット仏教の信者だったが、それでもチベット語は分からないと言っていた。チベット語はインドの古語といわれるサンスクリット語に似ているとの話だったが、もちろんどちらも分からないので何とも言えない。

 

最近では修道院でも英語を勉強したりするらしく、若い世代は結構英語が喋れる子が多かった。ビックリしたのは、この俺が通い詰めた大昭寺の前では “五体投地”をする人々を沢山見かけたが、その中には本当に小さな子供もいて、さらにその小さな子供の中に英語を喋れる子もいた。これにはビックリした。その子も毎日ジョカンの前で五体投地をしていたし、俺も滞在中はほぼ毎日ジョカンに行っていたのでその子とも仲良くなった。その子の履いていたぼろぼろのサンダルの替わりに、靴を買ってあげたら飛び跳ねて喜んでくれた。

 

さて、先ほど出た“五体投地”だけどもこれは、五体を地面に投げ出し、尺取り虫のように、大地にひれ伏しては、また立上がりながら、進んでいくことをいう。聞いたところによると、大昭寺の前では多くの人々がお寺に入る前にこの五体投地をやっているが、なんと10万回やって初めて中に入る資格を得るとか・・。だから、大昭寺の前に数ヶ月住み込んでやっているらしい・・。もちろん大昭寺以外のお寺や修道院の周りでも、もちろんかでもこの五体投地をやっている人は沢山見ることが出来る。その景色は、“なんで?”という疑問を超えて、“凄い”としか思えなくなってくる…。

 

そうそう、チベットに行くときに1番気になっていたこと!!それは“高山病”!!これは俺も行く前からちょっと気になっていて、たまたま出発前に東京で“康介(北島)”と話をしたときに、康介が「この間、高地(2000mくらい)トレーニングをしてきたんですけど、寝るのがきつかった~というのを聞いて、約3600mもある拉薩はどうなるんだろう、とかなり心配だったんだよね。で、実際に行ってどうだったかというと…、やっぱりなりました、高山病!!これは聞くところによると、どうしてなるか原因は分からないらしい。で、年齢でも体力でも何も関係ないところで起こるらしい。だから、若いからならないとか鍛えているから大丈夫だとか、全く関係ないらしい。しかも、1度目行ったときは大丈夫でも、2度目にはなってしまうこともあるとか。しかも、本当にきつかった!!

 

俺がかかったのは初日。到着して間もなくは問題なかったんだけど、30分もするとちょっと息苦しくなってきて、数時間経ったら頭は痛いし、吐き気はするしふらふらするし・・。その症状が出てきたときにすぐに部屋に帰って寝なかったのが良くなかった。俺は“こんなモノに負けるか”なんて思って、関係なく頑張って歩き回ったのが良くなく、夕飯はほとんど食べられずHotelに帰った後もかなりきつかった。あんなきつい思いをしたのは本当に久しぶり。食中毒以来かな、あんなにきつかったのは…。でも、その状態でもどうにかよく寝ることが出来たのが良かったらしく、2日目からは問題なかった。基本的にある程度のHotelには医者がいるし、高山病に効く注射とか飲み薬もあるらしいが、俺はあまりそういうモノに頼りたくなかったので、頑張って寝た…。後は、チベットにはハーブから出来ている“紅景天(Tibet Rhodiola)”という甘いジュースがあってそれが高山病には効くということだった。俺も結構飲んだけども、俺の浅い経験では、それ自体が効くというよりも、甘い飴なんかを舐めていると結構効くんじゃないかな。まあ、何はともあれ1番良いのはちょっとでも気分が悪くなってきたら、すぐにHotelに戻ってその日は寝ること。そうすれば、体が慣れてきて翌日にはだいぶなれることが多い。

 

さて、俺が今回チベットで行った街は、この首都である拉薩とシガチェ(Shigatse)という街。他には、“Yamdrok Lake”という湖。この湖は聖なる湖といわれていて、高僧なんかがここに行って瞑想をしたりするらしく、“未来が見える”なんて言う話も・・。実際にこの湖は本当に綺麗で水も非常に透き通っていて、なんかネッシーでも住んでいるって言われても信じられそうだった(笑)。しかし、標高は約5000mで、拉薩に慣れた体でもかなりきつく、20mくらいの坂を上り下りするだけで息が切れそうだった。そして、このあたりには“チベタン・マスチフを飼っている家も多く、犬と一緒に写真を撮らせてお金を取ろうとする人が結構いた。でも、このチベタン・マスチフは最近ではかなり人気らしい。

 

俺が行ったこの“シガチェ”という街は、Panchen Lamaの街といわれていて、中でも“扎什倫布寺(タシルンポ寺)には、歴代Panchen Lamaの遺体が納められているという。一緒に行った友達は、この10代目のPanchen Lamaの娘と知り合いとのことで、彼女に連絡していろいろとこのタシルンポ寺で融通を利かせてくれるようにしておいてくれた。その為、タシルンポ寺側の対応が非常に良く、通常絶対に会えない11代目Panchen Lamaの先生や普段入れない、いろんな霊塔堂の2階や3階に上がったりも出来た。本当に貴重な体験だった。

 

拉薩で俺が毎日のように行っていた“大昭寺”。俺の友達がここの僧と友達ということもあって、毎日彼の“オフィス”に遊びに行っていたんだが、俺たちが気軽に遊びに行っていたこの大昭寺、実はチベット仏教の総本山的な役割であるらしい。毎日のように気軽に遊びに行っていたこの大昭寺がこんなに大事な場所だったとは後で気がついた。俺たちは、この友達の僧のおかげで、実際Dalai Lamaの部屋に入れてもらったり、夕方、僧達がみんな集まってお経を唱えている中に一緒に座らせてもらったり、本当にいろんな体験をさせてもらった。

 

この大昭寺にもサッカーチームがあり、30人くらいの僧達がサッカーを毎週日曜日にやっているとのことだったので、とある日曜日にこのサッカーチームに参加させてもらった。この日は2チームに分かれて試合をやった。それにしても、ビックリしたのはグラウンド!!なんと人工芝の素晴らしいグラウンドだった。このグラウンドは、とある中学校のグラウンド(誰かが寄付したらしい)らしいが、俺がこの日に一緒にサッカーをやると聞いていたので、わざわざ借りてくれたらしい。普段は土のグラウンドでやっているらしい。さて、その気になる実力はというと、実際、中にはなかなかやる奴もいた。それにしても、みんな本当にサッカーが好きらしくBarcelonaのユニフォームを着ている奴やTottiのユニフォームを着ている奴などいろいろ。さすがにこれだけの高地だったから走り回るのは結構きつかったけど、1時間くらい一緒にプレーした。そして、最後にはメンバー全員にボールをプレゼントした。これがあってか、翌日、大昭寺に行くとお礼としてみんなから“タンガ”と小さな“仏像”をプレゼントされた。

 

 

あっという間に過ぎた5日間。本当に楽しいTibet旅行だった。多くの友達も出来たし、特に大昭寺には“俺”のチームも出来た。みんなには、今度来た時にはコーチとしてみっちりしごく事を約束したし(笑)、また近いうちに遊びに行きたいと思っている。今回残念だったのは、俺が事前にまったくチベットのことを勉強しておらず、もちろんチベット仏教のことも何も知らなかった。なので、せっかくいろんな貴重なモノを見せてもらったが、それが何なのか分からないことが多くて非常に残念だった。でも、これがきっかけで興味を持ったし、今度ちょっと勉強してみようと思っている。ともかく、みんなにも人生で 1度は行ってみることをお勧めするTibet旅行だった!!

 

さて今朝は、ハーレー・ダビッドソンにまたがり(といっても俺が運転じゃないけど・苦笑)Ayers Rockの日の出を見に行った。そしてその後、もう1つの岩山であるKata Tjutaに行く途中で、なんと野良“ラクダ”に遭遇。ラクダが野良???なんてビックリしたが、オーストラリアには野良ラクダは結構いるらしい…。さて次は、どんな“野良”がいる場所に行くか…。ってなところで、また今度…(笑)。